今日、正式に転居先がほぼ決定した。
「ほぼ」と書いたのは、正式な契約書がまだ取り交わされていないからだ。
来週14日にはこの家を出て、19日に正式な売買契約書を取り交わし、不動産の権利書一式を先方に渡す手はずになっている。
と同時に、生活保護費受給申請の手続きも行う。
すでに相談には行ったが、すぐに手続きをさせてはくれなさそうな雲行きだった。
想定内。
と同時に、私は私で、地域役員の方々に転出することを告げ、今後の会計役員としての仕事について打ち合わせを行う。
本来は地域外に出るのだから、地域内居住者から選出されるべき会計役員に、私が居座り続けられる道理はない。
しかしながら同時に、誰も会計役員を担えないという現実が、地域にある。
なのであらかじめ、地域の総会の場において、いざ私がこの地を離れなければならなくなったら、会計役員としてではなく、地域会計業務を個人的に請け負うという形で役員の仕事を継続して行うことを提案し、皆さんより了承を得ていた。
昨年のことだ。
3期、役員を務め、なるだけ地域の皆さんの手を煩わせないような形に、地域行事のあり方を変えてきた。
それが昨年、やっとチャンとした形になった。
それもあって、地域外に転出してもなお、会計業務を行えるのだ。
とは言え、義母、実父に安らかな最期を迎えさせてあげられたのは、ひとえにこの地域だったからだ。
その地域から、大した恩返しも出来ないまま離れなければならない事実に、内心、忸怩たる想いがつのる。
行ってきたことには、一抹の後悔もない。
でも悔しいのだ。
その悔しさを思うと、心は沈む。
はらりと涙がつたう。
関係各位に次々と、転居の連絡をした。
心強い応援と協力の申し出もいただいた。
本当に、本当に、有難い!
これからも、巌に爪を立てるような生活が待っている。
ここを離れたら問題から解放されるんじゃない。
新たな目標に向かって、再スタートを切るんだ。
今まで以上の忍従に堪え忍び、それでも信念を貫き通す日常のスタートだ。
幸いというか、転居先は、私が小学2年から高校2年まで住んでいた地域だ。
知古も多い。
なじみの床屋も、ここにある。
新居は築42年3Kの鉄筋コンクリート造マンション。
この地に移り住んできたときのように、今また、多くの友が、私の再出発に際して、背を押してくれている。