オリジナルブログからの転載です。


古典の江戸落語には、よく下町のはっつぁんくまさんてぇのが出てきます。
こいつらの住みかの定番は、長屋。
今時(いまどき)風に言えば、賃貸住宅でがすな。

お江戸の長屋つぅ~のはですな、その入り口には「番所」と呼ばれる門がありまして、人の出入りを管理していたんだそうですな。
ですんで、当時の世界を見渡してみても、お江戸の治安の高さは世界最高水準だったそうですよ。
いや、驚いたね!

その上にですよ、もっと驚いちゃいけないよ、おまいさん、長屋が建ち並んでいれば、そこに水汲み場が必ずあった。
井戸の形をしてるけど、実は玉川上水から水を引いてきた上水道だったところもあったってんですから、驚きじゃないですかい!
玉川の上流で、がきんちょが大や小をしても、玉川上水。
だから美味かったんかもしれませんな!(@Д@;


おっとぉ!そんな与太話を書きたいんじゃありません。

図らずも親父の住宅を、賃貸物件として管理するようになった私。
そこで「大家って何?」と考えるようになったとですよ。

私も東京ではずっと賃貸物件に住んでました。
東京の、しかも24区内の板橋区赤塚なんて場所で、ちょっとこぢんまりした住宅を土地付きで新築しようなんて思ったら、20年ほど前で億を下らなかった。
なんでみんな、こんなバカ高い土地に家を建てるなんてトチ狂ったことができるんだろうと、不思議に思っていたものです(笑うところです!)。
そんな私が住むのは、当然、借家だったりコーポだったり。
家賃10万以下で探してると不動産屋で尋ねたら、思いっきり笑われましたわ!
なに、この世間を知らないバカは?って感じで。

それでも探せばあるもので、木造の2階部分でしたが、ちょっと広めで使いやすい間取りの2DKが見つかって、毎月10万の家賃を払ったもんです。
畳のサイズが、いわゆる団地サイズではなく、本間(ほんけん)サイズだったってのも嬉しかったですね。

当時、リーマンしてたんですが、南アフリカから来た社長に言ってやったんです。
オレのサラリーが分かるかい?
手取りで毎月20万チョイだよと。
年で400万弱かな
と。(当時のボーナスの相場は6ヶ月だった)

したら言いやがりましたよ!
そんなにもらってるのか!
オレの国だったら部長級のサラリーだ!
とね。


だから言ってやったんです。
その代わりね、この東京に住むと、住居費として毎月の家賃に10万払わなきゃいけないんだぜ。
しかもこれは安い方なんだ!
と。


したら、急に社長の顔が真顔になって...


武藤!南アフリカに来い!
10万あればプール付きでベッドルームが3部屋ぐらいある豪邸を借りられるぞ!


てね!( ̄○ ̄;)!


当時の為替レートは、今とあまり変わらなかったか、もう少し高かったか。
とにかく東京の家賃は、世界の水準から見たら、べらぼうに高いんです!
もちろんニューヨークとかパリとか、お高い街は他にもありますよ。
モンマルトルの丘に建つ、築百年以上の狭いフラットでも、結構なお家賃が必要です。
でも、私が比べたいのは、下町の、築年数がウン十年も経っている木造住宅です。
江戸時代なら農村だった地域です。


地方はもっとエグイですよ!
生活保護費で支給される、単身世帯の住宅費上限額が4万2千円。
だから、私の住む地方都市では、どんなにおんぼろな賃貸物件でも、家賃は4万2千円スタート。
そんなんあり?って思うんですよ。
すきま風がピュ~ピュ~吹き抜けて、水回りも痛んでいて、バリヤフリーでもない、築30年以上の物件でも4万2千円。
1Kでも4万2千円。
電車が一時間に一本でも4万2千円。
賃借人をバカにしとんのかい!と思うわけです。
働いて働いて、最低賃金でやっと生きている人間に、毎月、4万2千円はらえっちゅうんかい!と、怒りを覚えます。
こんな現状を許していると、そのうちに高齢化した入居難民が巷に溢れかえりまっせ!

でもさ、家賃なんて需要と供給のバランスで決まるところもあるから、大都市東京なら然もありなんとも言えるかも。
しかしですよ、私がもっと問題にしたいのは、大家と入居者の関係です。


親友の転居先を探すときに、つくづく思い知らされたのは、今時の不動産屋の対応が、なんと杓子定規なことか!
信販カードも作れない奴に、斡旋する物件はない!ときたもんだ。

ま、それでも地域密着型の、昔ながらの不動産屋を頼れば、あるところにはある。
4万2千円だけど、ある。
でもっすよ、その契約の場にも、その後も、一向に大家は姿を見せない。
賃借人との関係を持たない大家の何と多いことか。
私が一番恐れるのは、この点です。


今後ますます、高齢化が進んでいって、入居者も高齢者ばかりって時代になります。
そんな時にですよ、入居者が気軽に連絡を入れられる場所が必要になるんじゃないの?と素朴に思うのです。
その機能の一部として、セイフティネットの機能として、大家が働いてもいいんじゃないの?と思うのです。
だって、お家賃をいただいているんだもん!
それで飯を食えるんですもん!
そんなおまんまのお世話になっている方々のお世話を、チョイとばかりしたってバチは当たらないと思うんですよ!


それにですよ、既に一部で議論が始まってますが、外国人労働力の本格導入がいつか始まるかも知れません。
そんな時に全てを不動産屋任せにしてたら、エライツケを払わされるんじゃないでしょうか?
オラ、知らねぇよっと!


とまぁ、なんでもかんでも不動産屋任せにしないで、入居者との信頼関係を、大家も意識して持っていかないとマズイ時代になってるんじゃないのかと、私はかねてから感じてるんです。

だってですよ、もし自分の物件で、入居者が孤独死したら、その物件は事故物件。
長いこと空気を住まわせないといけなくなるんですよ。
そうでなくても人口減少で、物件がだぶつくのは目に見えているのに。
だから、この考え方は、物件所有者の大家さんの利益にもかなっているんです。
そうじゃないでしょうか?

そういう賃貸物件に対する危機感のなさに、大東○託とか積○ハウスとかレオパ○スとかの大手資本が、問題の加速に拍車をかけている。
そんな資産運営という隠れ蓑に隠された「タカリの構造」が、テレビの上で堂々と大手を振って流されている。
本当に怖いなぁ~って思うんですが、そう考える私ってオカシイ?(;´д`)トホホ…



話をお江戸の長屋に戻します。


江戸落語における古典落語の代表的な舞台、「長屋」。
はっつぁん、くまさんの他に、必ずと言っていいほど長屋の大家が出てきます。
現代のように固定給なんぞなかった時代。
町人は、自分の腕一本、才覚一つで稼いでいた時代です。
当然、収入に波があったでしょう。
その波の上下をうまく吸収し、彼らの生活を支える機能を、長屋の大家は果たしていたと思うんです。
また、長屋の住人の連帯で支え合っていたと思うのです。
向こう三軒両隣。
この言葉は、そういう文化が日本にはあったんだよということを、教えてくれているんじゃないでしょうか。



前置きがずいぶんと長くなりました!(エ?そうだったの?!)


家賃がたったの4万8千円。
築30年は経っているとは言え、2階建ての4DKの一戸建て、駐車場付き。
そこに「現状貸し」という条件が付いているにもかかわらず、その上、私自身が人のことを心配している場合じゃないにも係わらず、妹夫婦に頭を下げて大枚を用意して、灯油ボイラーを交換しようと決めたのは、以上のような考え方があるからなんです。

そりゃ、たった一件の物件です。
社会全体から見たら、針の先でつついたよりも更に小さい問題です。
そんな小さい現場でも、懸命に生き抜こうとされているご夫婦がおられるんです。
そして、私はその物件の大家なんです。
だから喜んで相談にものるし、できる事は何でもやります!


その勤め、責務を果たせるなら、決して高くはない金額だと思っているんですよ。