※このお話はドラマ「ランチの女王」の登場人物による創作です。この先をお読みになる方はあらかじめご了承ください。







なぜなつみを好きなのか。


初めは健一郎の婚約者として我が家に来た。結婚すると聞いた時には、兄貴とグルになって金でも奪いに来たのか、と不信感しかなかった。

その後、健一郎はその日の売り上げを奪って逃げた訳だが彼女はなぜかうちに残り続けた。


素性の分からない女性を家に置くわけにはいかない。そう思って事あるごとに反発していたが、一緒に過ごすとともに彼女の人となりを知り、気付けば惹かれている自分がいた。彼女の明るさ、素直さ、芯の強さはもちろん、彼女の心にある暗闇に触れた時、ただただ守ってやりたいと思った。


頭では分かっていた、好きになってはいけない人だと。 

第一に、健一郎の婚約者だと思っていたから。最後には嘘だと分かったが、あの時は本当にそうだと信じていた。あんな男でも兄弟だ。兄弟の婚約者に手を出すことはあり得ない。そう思っていた。

第二に、すでに純三郎が好きになっていたから。兄弟の婚約者を好きになってはいけない。これは自分の中のルールみたいなもので、実際には、健一郎のようなろくでもない男の帰りを一途に待つなつみを不憫(ふびん)に思っていた。そして、不器用ながらも一生懸命になつみを守ろうとする純三郎を見て、この2人がこのまま上手くいくのも良いのかもしれない、そう思った時もあった。


なのに、結局好きになってしまった。こればっかりは理屈じゃないんだよな。ふっと笑みがこぼれた。


「あのー、勇二郎さん?」ふと見ると、なつみが勇二郎の顔を覗きこんでいる。「さあ、なんでこんなじゃじゃ馬のことが好きなんだろうな。」勇二郎がニヤッと笑うと、なつみは「長い間考え込んでたくせに!」と不満げに言い、もう良いです、教えてくれなくて。と拗ねた顔でぶつぶつ言いながら勇二郎に背を向ける。


なんだ、この可愛い生き物は。


勇二郎は後ろからなつみを優しく抱きしめ、なつみの耳元で囁く。「好きに理由なんているのか?俺はお前が好きだ。それが事実で、それ以上でもそれ以下でもない。」なつみの身体が強張り、「いや、その、あのっ…」と慌てふためく姿も可愛い。思わず抱きしめたまま髪にそっとキスをする。


なつみは数秒フリーズしたかと思えば、おそるおそるこちらに顔を向ける。勇次郎の腕の中にいるため2人の顔があと数センチ、のところまで近づく。なつみは少し緊張した表情になるが、勇二郎はお構いなしにゆっくりと顔を近づけ唇にキスをする。なつみは驚きで一瞬目を見開くが、その後ゆっくりと目を閉じる。勇二郎は抱きしめていた手を離し、かわりになつみの後頭部を支えるように手で包みこむ。


少しずつ深くなるキス。なつみの吐息が漏れ始めると、開いた口のスキマから舌を絡める。なつみは勇二郎の服のすそをギュッと掴んでおり、キスが深くなるにつれてどんどん力が強くなっていく。


ここら辺が限界だろう。ゆっくり顔を離すと、なつみはくたっと勇二郎の胸に倒れ込んできた。ふわりと抱きしめた後、「そろそろ皆も起きてくる頃だろうし、部屋に帰ろうか。」となつみの手を握った。少しの間をおいてギュッと握り返したかと思うと手を離し、「そうですね。帰らないとですね!」勇二郎の胸から顔を上げたなつみはいつも通りのテンションに戻っている。


並んで歩いているとなつみが「ハックシュン!!」と大きなくしゃみをした。「おいおい、風邪引いたんじゃないのか?」と勇二郎は心配そうになつみの顔を覗きこむ。「大丈夫ですよ。私、身体が頑丈なのが取り柄なので!」ニコッと笑いながらガッツポーズをする。


「なら良いんだが…」勇二郎がどこか納得できずにいると、真正面から純三郎が現れ、「あー!」と大きな声で2人を指差した。「みんなで探してたのに!一体2人でどこに行ってたの…?」と訝(いぶか)しげな顔で近づいてくる。


「散歩に出たらたまたま会ったんだ!」と勇二郎が純三郎に向かって弁解するが、純三郎は疑いの眼差しで見つめてくる。なんと言えばいいものか…そう考えあぐねていると、後ろでなつみが小さくくしゃみをする。純三郎は問い詰めていたことも忘れ、「なつみさん大丈夫?」となつみに駆け寄る。なつみの肩に触れた瞬間、驚いた表情で「身体冷えてるよ!部屋で暖まりなよ!」となつみの手を取って部屋の方に向かって歩いていく。


なつみは連れていかれながら勇二郎の方を向き、へへんと得意気にピースサインをする。


あいつ、やるな。笑いが込み上げる。さて、俺も帰る準備でもするかな。頭の後ろで手を組みながらゆっくりと歩き出した。