文庫本が好きだ。
最近小説離れしていたけど、急にまた読書欲が戻ってきた。活字が読みたくてしょうがない時期がたま〜にやって来る。そんな時に寝っ転がってぐだぐだ読める文庫本。
近所の本屋で久々に文庫本を物色し、何冊か迷ったものの、文庫の新刊で出ていた川上弘美さんの「水声」を購入。
すいせい、と読む。
水の流れる音の意らしい。
変わりもので奔放でたいそう魅力的な「ママ」とそれを見守る「パパ」、そして主人公である「わたし」とその弟、この不思議な家族にまつわる物語。
狭い人間関係の中で、時代が過去と現代を行き来しつつ物語が進む。時代が交錯する文章が最初は読みづらかったけど、慣れてくると軽いめまいを起こしているような妙な心地よさがありました。
主人公は奔放な「ママ」をとても愛しているけど、「ママ」に対して複雑な思いを持っていて、「ママ」が生きている時も死んでからも、彼女の呪縛みたいなものに囚われて生きているように見える。
影響力の強い母親を持つと、いなくなった時には一瞬解放されたような気がするものの、結局はずーーっと精神的に囚われ、影響を受け続けていたりする。それが嬉しくもあり悲しくもあり。
この物語の中では、主人公と弟が長年想いあっており、一線を越える決定的な事柄は、ふたりの歴史の中の割と早い時期に起こっているにも関わらず、散々焦らして、終盤になってようやく「ママ」の亡くなる間際の様子と交互に語られる。
淡々と描写されるせいか、いわゆる禁忌を犯しているはずが、行為自体はそれほど大した事には感じられず、むしろ主人公がその意味を考えまい考えまいとする感情の動きの方が、むしろ読んでてザワザワする。
この話の背景として、現実で起こった1995年の地下鉄サリン事件や震災などが出てくるが、この主人公と弟は、こうした出来事にまつわる色々な死を身近に感じる事で、自分にとっての大事なものを再認識し、生活の中でそれを選びとっていったように思う。
そこに性愛は大して必要ではないし、誰に迷惑をかけるわけでもない。ただただ背徳感がゆらめいているような閉じられた世界。
この種のタブーとされるテーマのものは割と好きでむ昔から読んでいるけど、その中でも生臭さをあまり感じなかった。
ふたりだけで生きるかなしさのようなものと、それでいて愛するひとが側にいるという幸せがゆらゆらと漂う、独特の文章の美しさにいつまでも酔いしれたいと思う物語でした
ところで、シリアスな場面のはずなのに笑えてしまう、「パパ」の「ママ」に対する愛情がよく表れている好きなシーンがある。
「ママ」が死んだ後に、「パパ」が「ママがこれ(死に装束)を着て三途の川とやらを渡りたがるとは、とても思えない」とか、「葬式って、ほんとに、しなきゃならないのか」とか葬儀屋に向かって元も子もないセリフを言い、きわめつけは、葬式の最後のお別れを促す司会のマイクを奪って「(お別れは)必要ないです」と叫んでしまう。「ママ」は望んでないだろうからと。
っていっても、親族やらお年寄りやらたくさん集まる場所でいい大人がそれはないだろう、と笑ってしまう。
この家族の中では割と常識人っぽく見えた「パパ」ですが、家族のこととなると急にこどものようになる姿がかわいらしく、人間っていくつになっても本質って変わらないんだよなあと思ったりした。おそらくこどもの頃から「ママ」の一番の理解者だったんだろうなとちょっと切なくなった。
実はこの二人、「パパ」と「ママ」という呼び名ではありますが、実は(異母)兄妹だったりして。でもまあ、そんなことは大した問題ではないんだよな〜とあらためて思ったのでした。



)予想してたより、全然深かった。こんなに速く読み終わるなら、もっと早く読めばよかった。