代々木体育館で、グランプリファイナルの熱き戦いが繰り広げられている間、各地では、全日本選手権で夢舞台への切符争奪に参加するために、地道に着実に自分を磨き続けている選手たちがいる。


GPF終了翌日、福岡では一つの特集が放映された。

KBCニュースピア “夢は目前”氷上の熱い思い・南里康晴選手


「今は、『夢』というか、手の届く『目標』かなと思います」

群雄割拠ともいえる日本男子フィギュアスケート界で、福岡からオリンピックを目指す南里康晴選手の、その熱い思いに密着した。

「夢の五輪 目の前に」 福岡から 氷上の挑戦

織田選手がGPFで一足先に内定を決め、残る2枠を巡って、高橋大輔選手らとしのぎを削っている。今は、月末に控えた全日本選手権に照準をあわせ、練習に集中する毎日。冒頭のナレーションが流れる中、飯塚のホームリンクでの練習風景が映し出される。

「最近いろいろな人から、昔より表現力ができたと聞くと、そういった部分もアピールしていきたいと思います」 インタビューをはさんで、曲かけ練習が流れる。FS『アランフェス』 3LoからCCoSp、軸がしっかりしている。

普段の練習は、スケート教室の生徒や一般客と一緒に滑っている。そんな中、南里選手の演技が始まると、後輩たちが見守る。SP『ロンド・カプリチオーソ』、再び『アランフェス』、高く跳びあがる3Lz。後輩の憧れとも目標ともなっている。

練習終了後は、最後まで残って氷の補修。リンクにいる時間は誰よりも長いが、「常に小さい頃からそんな環境だったので、なにも意識してないです」微笑みながらインタビューに答える。


賞状やメダルに埋め尽くされた自宅の壁。後ろには『初代・月光』の衣装姿のポートレートパネルだろうか。その前で、初めてトリプルアクセルを跳んだときのエッジを見せてくれた。

1994年、『聖者が街にやってくる』の軽快なメロディに合わせ、9歳の南里少年が軽やかに滑って行く。姿勢が綺麗なアクセルジャンプも決まっている。

1998年、神宮外苑での映像では、当時からなかなか綺麗なポジションのキャメルから入るコンビネーションスピン。中学1年生だろうか、どんどんスケートにのめり込んでいったという。

―― Q.スケートの魅力は?

「一瞬のうちのスポーツで、その間 観に来ているお客さんは、滑っている人にしか目がいかないじゃないですか」

「楽しいですね。やめたいって思った時期もあったので。今は楽しくスケートをやってます」


休日。姉・美紗さん、妹・美羅さんとともに外出。スケートのことを忘れて、のんびり過ごす時間を大切にしている。美紗さんの口から語られる、弟・康晴君の素顔は、シャイでなおかつこだわりを持つ性格を表しているようで、それに突っ込みを入れる口調は、本当に仲が良い家庭の様子が窺われて微笑ましい。普段はめったに見せてくれない大きな笑窪を見せ、「オリンピック、オリンピック、もうプレッシャーかけまくりです」と、笑う。

所属するふくやが開いた激励昼食会には、会社が南里選手のために作ってくれたスウェット姿で出席し、社長の問いかけにも熱く語る。

「オリンピックはちっちゃいころ、スケート始めた頃は、夢の夢の存在だったんですけど、今はもう手の届く目標に変わったので、何が何でもつかみとる気持ちで頑張りたいな、と思います」、揺るぎない口調で、目を輝かせて、しっかりと答えていた。


5日の練習では、曲かけはSP。15年間指導してきた河野由美コーチは、「随分いろいろ考えながら、スケートできるようになった気がする」と、南里選手の変化をみている。

映像は、『アランフェス』のCiStと、足もとがテロップで隠れて見えないが、おそらく3F。それにかぶせて、南里選手の言葉が流れる。

「スポーツをすればどの人だって『オリンピックに出たい』『世界選手権に出たい』という夢は抱くものだと思うので、僕はその夢が大きく膨らんだから続けて来れたと思います」

黒い練習着姿でステップを刻み、スピンを回る、そろそろ追い込みに入るだろう練習の様子を流しながら、ナレーターはこう続ける。

――人生の半分以上をフィギュアスケートの捧げてきた南里選手。福岡の地から、今月25日、夢への大舞台に挑む


キラキラ福岡から 世界へ――



ブーケ2編物教室ブーケ2

9日:清瀬教室 午後クラスのS原さん、足の具合が悪く、年内お休み。

          お大事にクローバー