本質が宿る場所
私は、大切な人や仲間が、親切の形をした支配や、
好意を装った踏み込みをするなど....
そういったものに巻き込まれるのが
本当に苦手だし、心がざわつく。
一見やさしく見えるのに、実は自分の不安や承認欲を満たすためだけに近づいてきて、相手の誠実さや優しさを利用して、罪悪感を植えつけてコントロールしようとする。
そういう、境界線を平気で破り、相手の心理につけ込むタイプの人間に絡まれるのを見るのがどうしても許せない。
そして、そのような、"良い人"をした“違和感”は、
どれだけ隠しても必ず、どこかに滲み出るし、
矛盾した行動となって現れる。
人はよく、
見せなければ分からない、
隠していれば気づかれない、
そう思いがちだけれど、
実際には、その違和感は必ずどこかに出ている。
表情や、言動、視線、行動、仕草、空気.......
ほんの小さなズレでも、積み重なると隠せない。
それを見抜こうとしているわけじゃない。
ただ、長く人と関わる仕事をしてきた中で、
自然と分かるようになってしまっただけ。
かなり昔の話だけれど、
まだホテルマンになったばかりの頃、
バンケット(宴会場)のキャプテンとして
結婚式を担当していたことがある。
一組、今でも忘れられない新郎新婦がいる。
打ち合わせの段階から、新郎の表情や言葉に、
どこか説明できない違和感があった。
幸せなはずの時間なのに、
どこか焦りのようなものが見えたり、
笑顔がどこか作られているように感じたり。
新婦は本当に幸せそうで、
その対比が余計に際立っていた。
決定的だったのは、
結婚式を前にした両家の顔合わせの食事会。
新婦側は全員揃っていたのに、
新郎側は誰一人として現れなかった。
理由は「妹が倒れたから」とのことだったけれど、
その時点で、私は強い違和感を覚えていた。
そして結婚式当日。
やはり新郎側の出席者は、
ひとりも来なかった。
後に分かったのは、その新郎は、
なんと、重婚だった。
あのとき感じていた違和感は、
気のせいではなかった。
人は、どれだけ取り繕っても、
本質のズレを完全に隠すことはできない。
だからこそ、
本当に大切にしたい関係ほど、
“見えないところ”で雑に扱わないこと。
誰にも見られていない場所での振る舞いこそが、
その人の本質をつくる。
人としてどう在りたいのか。
どんな関係を大切にしたいのか。
それは、誰かに決めてもらうものではなくて、
自分で選び続けるものだと思っている。
その場の空気に流されてしまうこともあるし、
曖昧な対応をしてしまうこともある。
でも、そういう小さな積み重ねが、
関係性を複雑にしていくし、
自分で気づかないうちに、
周りを不健全な空気に巻き込む。
だからこそ、
誰にも見られていないところでも、
同じように誠実でいられるかどうか。
それが、結局はすべてに繋がっていく。
強さというのは、
声を荒げることでも、
誰かをコントロールすることでもない。
自分の中の軸を守ること。
曖昧にしないこと。
勇気を持つこと。
自尊心を大切にすること。
それが、人としてのシンプルだけど、
大切な在り方。
また、変な人間につけ込まれず、
巻き込まれない自衛にもなる。
そして、見えない場所にこそ、
本質は宿るものだと思う。
