ちょっとしたこつ2~(問題を特定する時) | Liber Novus 真理の書

Liber Novus 真理の書

問題がひとりで解決する事は絶対にない
誰もあなたに代わって闘ってはくれない
貴方だけの幸せの公式を見つけましょう。

今の方法で上手くいかないならせめて他のやり方を検討しましょう。
楽観主義でも、悲観主義でもなく、「現実主義者」になる為の真理の書

ご機嫌いかがですか?
(^-^)/


昨日、昔の感情を解放する時のコツ・・・・・
http://ameblo.jp/marisuzuka/entry-11192352910.html


を記載したのですが、その前に・・・・・

そもそもの問題特定の所の初期段階について書いていなかった事に気が付きましたので、
本日は問題の特定の過程の例を・・・・。


自分の不合理な思い込みを見つけて行く時、

大体、2つのタイプに分かれると思います。


1つは、子供の頃のトラウマがはっきりしているケース
これは、明らかな家庭内の問題があった時は、多分御本人もそれを認識しているので、特定する事はそこそこ出来ます。

一応、お父さん、とか、お母さんとか、の “個人” の特定は出来ていると思います。

小さいころ、120%受け身の時代に、受けた事は、前にも書きましたが、


それは絶対に貴方に責任はありません。

しかし、今、大人になってから、その事の 「認識」をどう変えてゆくのか、・・・・・


というのは、大人になった個人にあります。


過去の日記:大人になる事の重要性
http://ameblo.jp/marisuzuka/entry-11191608706.html



本日はもう一つのケース、

自己認識の中では、両親に特に問題が無いと自分が「認識」している時、

について少し触れたいと思います。



子供は、当たり前ですが、生まれながらにして、両親のDNAを受け継いでいます。

そして、生まれて数年は、自分の命は完全に両親にゆだねられる環境に置かれます。


これが何を意味をしているかと言うと、

人は誰でも、まずは親の価値観と言うものの影響を受けざるを得ないと言う事です。



しかし、親と自分だと、生まれてきた環境や時代、全てが違うというギャップがあります。

私の両親は、戦前に生まれて、戦争をくぐりぬけてきた世代です。

私には兄が2人いるのですが、少々歳も離れております。


兄妹なので、似ている所は多々ありますが、勿論違う所も沢山あります。
ちょこっとだけ、育った世代も違いますし・・・・・。


さて、私が何をいいたいかというと、

人は、必ず、「自分」というものの、アイデンティティを持つことになるのですが、


自分のアイデンティティはそもそも色々な複合要因と、子供の頃の未発達の時代の

「勘違い」



より、自分の中で、無意識に信じている信念とか、無意識に刷り込まれた価値観が自分の中に存在します。

私は・・・・・思うのですが、



この、勘違い・・・

が、多分、小さい頃、子供なりに、「これは “私” の為」 という認識になるのか、「これは、(例えば)お母さんの為」

という認識になるかで、かなり大きな差が出てくるのではないかと私は感じています。



昨日ね、ふと、マーケティングを考えていて、この例を思いついたのですが、

例えば、学習塾というビジネスモデルがあります。


小さい頃だと、“お受験”を例にすると解りやすいかと・・・・・。


“お受験” をする時のお客様は、その生徒ではありません。

当事者は生徒さんですが、多分、“お受験”のお客様、というか購入の決定権を持っているのは、保護者です。



“お受験” をする生徒さん、多分未だちっちゃくて、考えも子供なので、不完全です。

その時、その不完全な精神の中で、


子供の認識が、

「ここにいるのは、私の為!」

の場合と、

「ここにいるのは、お母さんを喜ばすため!」



であると、後者の場合、受験に失敗したら、「命綱であるお母さん」を喜ばせられなかったという気持ちが芽生えますし、

受かったら受かったで、「成功すれば、命綱であるお母さん」を喜ばせる事が出来る!


って、自分の人生が他人(自分以外のもの)

にゆだねられる基礎が出来ます。


このケースの場合、やっかいなのは、親は良かれと思って行動し、子供は、それを自分の為ではなく、

他人の為に行動してしまう所なのです。



これらの場合、自分の中に不合理な思い込みが発生しても、

一体何処からこれらが来ているかを本人が特定する事が難しくなります。


そして、これらの思い込みは、自分の人生で不都合な事だけでなく、結構、「成功」の様なものも、もたらすので、更に自分で認識する事が難しい。


私は、実はこれに近いケースでした。

まあ、自分の為に生きていなかったので、ずっと生き辛さが付きまとっていたのですが、
色々な努力をすれば、それなりに、何とか壁を突破出来たので、そのまま進んでいましたが、


所詮ベースが、自分の為、では無かったので、誤作動はどんどん続きました。


そして、更にやっかいなのは、親の“良かれ”や、
親の生きてきた人生に対して、そこそこ深い理解を私なりにしていたので、


私は、困ったことに、自分の過去に“自分”が思いこんだ感情をそのままにして、


他人を “許して” しまったのです。



他人を “許す”という事はとても重要で、これは生きて行く上で、絶対に不可欠に身につけなければならない技術です。

(何故なら、人には、物事の善悪を区別する能力が備わっていないから)



しかし、子供の頃の不完全な精神状態であれ、自分以外の人に自分の人生を舵をゆだねたとしたら、

私の人生は、ずっとその自分の人生の舵を握っている人次第となってしまいます。


そして、子供の勘違いに関しては、今、それについて、どんな行動責任を取っているかは、大人である自己責任ですが、当時起きざれにされた感情をちゃんと、受け止めて、成長させる前に、許し、


を行うと、子供の頃の自分に、大人の理屈だけを押し付ける事になるので、結局は子供の部分の自分をそのままにしてしまう事になりかねません。


つまり、成長しきれない不合理な思い込みにそのまま、結局蓋をする事になります。

順番って、大切です!



自分が信じた、「不合理な思い込み」はそのまま残り、自分自身の人生の舵を取りつづけます。

その原因を作ったと自分か認識している相手がこの世からいなくなっても、自分を支配し続けます。



何故なら、その自分の認識上、自分の人生の舵を握っている他人は、

実はそんなものを握ってはおらず、



自分で勝手に「認識」している事実なので、その人がいなくなっても、


その人のダミーを自分で又作りだしてしまう悪循環が起こしてしまいます。



自分の人生で自分にとっての不都合は、自分で生み出しています。


その原因を突き止める時、


「私の価値観や信念は、本当に “自分の為” か、又は否か・・・



を丁寧に過去にさかのぼって見つめると、今まで “まさか!”


って思っていた様な事が、自分の目の前に現れるかもしれません。

(私の場合は、子供の頃から周りの人がずっと言い続けてきた事だったのですが、私だけが全く気がついておりませんでした。←冷や汗;)


本日はこの辺で~~~!

ではでは!
(^-^)/

株式会社HBBコンサルティング
メンタルケア―サロン ラ・プラス
読者登録してねペタしてね