Verdiは432Hzを重要視し、1884年、イタリア政府にオーケストラには432Hzを基準とするように法改正を訴えた。Verdiのオペラは432Hzで歌うことで最も深く効果的な共鳴スペクトラム、響きと音色が出るように書かれている。また、歌手の喉にとっても、432Hzが一番よいことを知っていた。ヴェルディは自分のオペラを440ヘルツで歌うと、作品の生地を壊し、歌手の喉をも壊すと訴えている。
432Hzについては、調べるとある程度の知識は手に入るけれど、さらに深く踏み込んだ研究や叡智を知るにはどうしたらよいのだろう。ヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスを製作したイタリアのクレモナの職人ストラディヴァリは、この名器を432Hzで最も効果的な響きを奏でられるように作ってある。ヴァイオリン自体が、黄金比。さらにそこに432Hz。
シュタイナーは、蜜蜂が432Hzでは穏やかなのに対し、440Hzを聞かせると攻撃的になると説き、幼児に聴かせる音楽には432Hzに調弦されたライヤーをシュタイナー幼稚園では勧めている。
モーツァルトは421.6Hzのピアノを使用していたというし、ヘンデルはA=422.5Hzの音叉を使っていたという。
確かに、ヘンデル特有のあの同じ音で歌われる長いフレーズは、独特な音程(少し低めから入る)で効果的な響きが出る。少しでもピッチを上げてしまうと台無しになる、あの艶やかな響き。
ヴェルディの432Hz。
テバルディは、世界的に国際基準ピッチがA=440 やそれよりも更に上がってゆく傾向に断乎NO!と叫んだ歌手の一人。
-作曲家が意図したピッチよりも高くオーケストラがチューニングする現在の習慣について-
《あり得ません。仮にオーケストラやオペラ用の特製の楽器(声帯、人の身体が楽器の歌手ではなく、取り換え可能な人工的な楽器)で演奏するなら、もしくはオーケストラだけの交響曲を演奏するのなら自由にすればいい、いいえ、それにしたってあり得ないことです。例えばR.シュトラウスの作品、既に作曲家はエレクトリックに絢爛豪華にオーケストラを書いているのに、更に高いピッチに上げて演奏してごらんなさい、狂いそうになるわよ。とても我慢できません。鳥肌がたって、私ならその場から即逃げだすわ。本当にひどいことだわ。一体どうして、偉大な音楽家達のうちの誰ひとりとして、今起こっているこの恐ろしい習慣がまかり通る現状をゆるしているのか、私には理解できません。こんなことをしていたら、そのうちに歌手なんていなくなってしまうか、もしくはちっちゃな羽虫みたいにか細い声の歌手達が、羽虫みたいなか細いちっちゃい高声で歌い、ノルマやアイーダ、セビリアの理髪師もボエームも、何でもかんでも(役の中身もないままに)ちっちゃな声で歌うようになるでしょう。当然もしそんなことになれば、作曲家が望み、創造した世界を聴くことが出来なくなるでしょう、これは間違いありません。》
確かに、テバルディの独特の艶は、少し低めにある例の「点」からしか生まれないあの響き。
私自身も、自分の声にとって一番よい響きが鳴る「点」は、少し低いピッチにある。これは理屈ではなく物理的にも感覚的にもそうなのだから、仕方ない。
432Hzの神秘。
Renata Tebaldi Timor di me...D'amor sull'ali rosee
Verdi
Return to Verdi Tuning (Classical Revolution )
ヴェルディは自分のオペラ上演の際、オーケストラのチューニングを432ヘルツにすることにこだわった。自作を440Hzのオケで指揮する上演を断ったこともある。
テバルディや多くの偉大な歌手達は、432ヘルツで歌う(演奏する)ことの重要性を説く。
Piero Cappuccilli - Ernani - Verdi tuning
カップッチッリもヴェルディの432ヘルツの重要性を説く。
440ヘルツと432ヘルツの違いを歌って説明している。
ヴェルディやストラディヴァリ、モーツァルトやヘンデル、もっと古から感覚の研ぎ澄まされた者は、周波数の意味や、それが人の身体や精神、心、魂に与える影響も感じていたはず。
イタリアオペラの偉大な先人達も、最も声に優しく無限の響きと色彩をひきだす周波数をその鋭敏な感性と経験で知っていたのだろう。
テバルディやモナコのあの独特の声の艶にも、意味がある。
もしかしたら、当時のような黄金時代の歌手のあの黄金の声が今少なくなっている訳に関係あるのではないか。
この2つを聴くと、やはり432Hzが声帯と筋肉にしっくり優しく心地よく響く。
432Hz ヴェルディ・チューニング
440Hz Sound of A
この2つを同時にPlayにすると、ヴィヴラートがかかるのね。