その日は世間的には平日だったが、俺にとっては休日だった。
こういう状況下、俺は外で昼飲みがしたくなる。
平日、昼から飲んでも違和感のない店というものは、ちらほら存在する。
そういった店では、昼の明るいうちから、詳細な素性はわからないが、しかし、恐らくに今の俺と似たような状況、心境なのであろう、老若男女、様々な人々が集って心地よいざわめきを見せている。
そんな雑多な空間に混じり、人知れず静かに、日が高いうちから淡々と酒を飲む。
そういうことを俺はたまにしたくなる。
オフィス街にある、「ランチやっちょります!」系の居酒屋では、そうはいかない。
平日の昼、そそくさとランチを食べて、あっさり職場に戻っていくサラリーマンやOLに囲まれながらの、だらだら一人昼酒は、いたたまれないものがある。
朝の混み合う通勤電車のボックス席の片隅で、割きイカの匂いを漂わせながら、缶ビールをプシュッとやるようなものである。
周囲から白い目で見られること、請け合いなのだ。
そして俺は白い目に耐えられるほどタフではない。
やはり満足した気兼ねない昼飲みを堪能したければ、それなりの場所に出向かねばならなかった。
午前11時、俺は渋谷から埼京線に乗り込むと、赤羽へ向かった。
赤羽には朝から飲ませてくれる、酒飲みの聖地といっても過言ではない居酒屋が存在した。
しかし、到着して判明したが、目的のその店は、この日は定休日だった。
どうしたものかと、途方に暮れていると、斜向かいの路地から、パタパタと団扇を仰ぐ音が聞こえてきた。
と、同時に、芳ばしい香りが鼻腔を突いた。
路地を覗くと、それは鰻と鳥料理の店だった。
店口の焼き台では炭が煌々と燃え、その上に並べられた鰻のかば焼きやら、焼き鳥やらが、芳ばしい白煙を漂わせていた。
店頭に置かれたショーケース越しに、何本かの串が覗く紙袋を受け取った中年の女性が、傍に止めてあった自転車の籠に、そっとそれを縦置くと、サドルにまたがり、ペダルを漕いで路地の向こうに去っていった。
店の奥からは、すでに盛り上がっているらしい、客の賑わいが漏れて聞こえた。
店頭販売、店内飲食、どちらも可能な店のようだった。
自ずと俺は、その店内へと引き込まれていった。
一階はテーブル席で、すでに全部の席は先客で埋まっていた。
平日の昼のこの時間で満席とは、想像以上に人気の店に違いなかった。
席が無いのでは仕方がない。
あきらめて踵を返しかけた俺に、
「お二階どうぞ。」
と、すれ違いざまに、店の女の子がニコニコとほほ笑み、天井を指さした。
二階は座敷で、他に客の姿もなく、心地よいざわめきこそなけれど、一階とは一転、静寂な空気が流れていた。
畳座敷に胡坐で飲むというのもたまには良い。
希望通り、俺は昼から、気兼ねなく飲むことができたのだった。
注文した料理は、鳥刺し、焼き鳥、鰻の白焼き、それに鰻重。
どれも、期待以上に美味しかった。
空いた皿を片付けに、先程、俺に二階席を勧めてくれた女の子があがってきた。
盆に空いた食器を移している彼女に、俺は、とてもおいしかったと、正直にその感想を伝えた。
「ありがとうございます。」
そう会釈し、感じのいい笑顔を残すと、彼女は盆を抱え、階下へと降りて行った。
「かわいいなあ。」
何気なくそうつぶやいた俺の膝を、向かいの女が、テーブル下にすかさず蹴った。
「鼻の下伸びてるよ!」
女はそういって俺を睨むと鼻息をフッと勢いよく吐き出した。
言い遅れたが、この日は妻も一緒だった。
※4年以上前の話です。記憶も曖昧で、店名と写真以外は出鱈目です。