切っても切れぬもの | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

さりげなく周りを見渡したが、そういう客は一人たりともいなかった。
一人、または1グループくらいはいてもよさそうなものなのだが・・・
たまたまここに集まった客の俺を除いた全てがそれを嫌っているのか、あるいはそれをやりたくても常識的には、時間と場所を選べということなのか?
人は人、俺は俺、を日頃の行動指針にしている俺ではあったが、この状況下、それをやってのけるのには、確かに少し抵抗を覚えた。

それは温泉宿で一泊した朝のことで、俺はマリイ(妻)と一緒に食事処のテーブル席にいた。
夕食は部屋で夫婦水いらずで取ることができたが、朝食は別だった。
朝は、宿側もいろいろと忙しかったり、人手が足りなかったりするのか、朝食に限っては食事処でとることになっていた。
もちろん各部屋ごとにそれぞれのテーブルが割り当てられている。
だから知らない他の温泉客と相席になるようなことはなかったが、それでも、壁のない一空間では、それぞれ客の様子が目に入る。
誰が手を挙げてお茶のおかわりを店員さんにお願いしただとか、誰が席を立ってサラダバーに向かっただとか、そういったことが見る気は無くても、おのずと目に入った。
それから、それを持ってくるように店員にお願いしているものが誰も居ないという事も。
しかし、美味しそうな朝食だった。
そぼろ餡のかかった揚げ出し豆腐がほんのり湯気をあげているし、硬めに焼かれた鱈子など、眺めてるだけでそれがやれそうだった。そしてなによりもこの場の首座を飾る鯛を土鍋で炊き上げた鯛ご飯、これをそれ無しで食べるってのは、それこそ浦安ねずみの国をたった一人で訪れるに匹敵するもの足りなさを覚えた。もう少し解りやすく言えば、吉牛を紅生姜無しで食べるようなものだ。
やはりここは誰もやっていないが、俺が率先してそれを願い出るべきだろう。
よし、そうと決まれば、料理が冷める前にだ。
「すみませーん。」
俺はフロアの隅に立つ店員に向かって手を挙げた。
しかし、店員がそれに気付くより早く、
「朝は、出してないよ!」
という声に遮られた。
声に目を移すと、マリイが呆れた顔で俺をみつめ、やれやれといった風にため息を吐くと言った。
「ったく去年もそれで断られたじゃないか。忘れたのかい?」









朝食を終え食事処をでると部屋に戻り、冷蔵庫からそれを取り出し、とりあえずプシュっとやった俺だった。

さてと、風呂行こっ!







それが何であるかは、そっと察してくださいね。