浮き沈みがあるのは、人生 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

階段を上ると、そこは海の家だった。
天井の梁からは様々な色合いのガラス玉が吊るされ、四方を取り囲む、「orion」とかかれたいくつもの丸提灯が、淡い光を灯しながら穏やかな海風に揺れていた。
すでに外は暗く、奥に広がる青い海こそ見えなかったが、目を瞑り耳を澄ませば、やわらかな小波の音を聞くことができた。
「とうとう来っちまったな。」
満足気に微笑むと、南国特有のものなのか、辺り一帯に漂う甘い果実の香を、俺は胸いっぱいに吸い込んだ。

事は一週間ばかり前に遡る。
それは下町で飲み会を終えて帰る駅ホームでのことだった。
雨の酷い夜だった。
飲んで温まったというのに、もう俺の身体は冷え切っていた。
「ったく寒-なあ。常夏の南の島でも行ってのんびりしてえなあ・・・ああー早く夏来ねーかなあ!」
がたがた震えながら貧乏ゆすりして、思わずそう声に出して呟いた俺の背後で声がした。
「行ってみるかい?」
ホームの端で、周りに誰もいないと思って、普通に声に出してしまったが、いつのまにか俺の後ろには誰かが来ていたのだ。
決まり悪いなあ、と顔を赤らめ振り返ると、スカジャンを来た背の高い男が笑っていた。
「いやいや・・・」
照れ隠しに頭をかく俺に、彼は言った。
「南国で、暑い中、オリオンビール、プハッ!たまんねえぜ。どうよ、行きたくないかい?」
そう問われると答えはひとつだった。
「そりゃあ、行きたいっすけど・・・」
確かに行きたいが、俺にも社会的経済的都合ってのがある。
仕事ほったらかしにして、高い金払って、南の島にひとっ飛びってわけにはいかないのだ。
だが、男はそれ以上俺に言わせなかった。
「じゃあ、決まりだ。来週の今日、俺の街に来な。話はそれからだ。」
そういうと、彼は一枚の紙を手渡してきた。
それには「あをそら」というプレートの貼られた台に乗った、一体の銅像の写真が載せられていた。
裸の女性で、背中には二本の長い翼が生えている。
腕を組む途中だったのか、組みきれない左手が宙に浮き、顔は左に向けられ、どこか遠くを見つめている。
俺の記憶が正しければ、それはガオカの女神像だった。
男の電話番号と、メールアドレスなのか、写真の脇にはいくつかの数字とアルファベットがアットマーク付きで羅列されていた。
それからPM8:00という文字も。
俺は全てを悟った。
彼は、来週の今日、彼の言う「俺の街」すなわち「ガオカ」に、午後8時に来いと言っているのだ。
「オッケー了解っす。」
紙から顔を上げ、俺は男に笑いかけたが、どこに消えたのか男の姿はすでになかった。

8時に女神像の前に来たものの、男の姿は見えなかった。
おかしいなあ?
もしかして、あの紙に記された意味、俺、取り違えたのか?
たまにあるのだ。
思い込みで勝手にわかった気になり、実は全然、全くの勘違いってことが・・・
ついこの間もあった。

咳き込む彼に、「はよっ、大阪のおばちゃんして!」と言うと、最初は何のことかわからなかった彼も、最近じゃすぐにのど飴を舐めるようになった、慣れって凄いね、という話をきき、すぐにピーンと来て、「咳、大阪のおばちゃん、飴」ときたら、そりゃあ、南天のど飴でキマリ!それ以外ありえないでしょ!と勝手に思い込み、得意顔で、「俺は永爺派!(てへっ、俺今うまいこと言っちゃった?)そんな俺に何点くれるかな?!」とボケを決め、笑いをとったつもりが、相手には全く伝わっておらず、「はあ?」と、目が点になるってのはこういう顔をいうんだなって顔をされ、重い空気と恥ずかしさにいたたまれず、暫く山に籠ることになった。
こういうことが俺には、時々ある。
なんのことかわからない人のために柔らかく噛み砕いて説明すると、のど飴には大きく、浅田飴と南天のど飴とがあって、そのCMに、浅田飴は永六輔、南天のど飴は渡辺美優紀(NMB48の一人)とおばカルテット(四人の大阪のおばちゃん)が出演しているのだ。
てっきり南天のど飴のことかと思ったんだがなあ・・・

そんなわけだから、今回も、勝手に、ガオカに8時ってことね!と判断してしまったが、もしかしたら、もっと深い意味が隠されていたのかもしれない。
不安になり、辺りを見渡す俺の背後で、突然「パンッ」という爆発音が響いた。
驚いて振り返ると、どうやったらこんなことが出来るのか、女神がクラッカーを手にしており、どうやら、彼女がそれを引いたようだった。左手にもたれた円錐のクラッカーからは、紙ふぶきが辺り一面に散らばり、それから一枚の小さな短冊がぶら下がっていた。
「なんだ?」
短冊を手に取ると、それにはこう書いてあった。
「電話して。」


受話器のむこうで男が言うには、巣窟の下をつっきり、最初の十字路を左折してすぐの角を右折しろ、とのことだった。
オッケーと答え、電話を切ってから、ああ、そうだった!と俺は頭を叩いた。
またやっちまった。
どうも俺は、安易に「オッケー」を言い過ぎる。
全然オッケーじゃないじゃないか。
俺はその巣窟とやらを知らなかった。
しかし、これから、また電話して、「すみません、巣窟ってどこでしたっけ?」とやるのも、なんか草野球のキャッチャーだった。わかりやすく言えば「ミットも無い」でみっともない。
しかたねえ、こういうときはネット検索だ。
俺はポケットからiphoneを取り出した。
ああ、でも、勘違いしないでほしい。ネットで「巣窟、ガオカ」なんて検索したって、おそらくなにも出てこない。
こういうときはグーグルマップだ。
あれで、この辺の地図をだして、まっすぐ行って十字路があって、そこを左折してすぐに角のあるところを探せばいいのだ。
早速調べたところ、その条件に合うのは2箇所だった。
どっちだ?
迷う俺の脳裏に、もう一つの男の言葉が蘇る。
そうだ、下だ!
彼は「巣窟の下をつっきり」と言っていた。
となると、道は地下道か、あるいは、建物の中か・・・
俺は再び、地図に目をもどした。
ガオカに地下道はない。
ということは通路の両脇に店が並ぶアーケードのようなものが・・・
あった!
デパートメントストア・ガオカ
これだ!これに違いない。
ここの二階かそれ以上に巣窟があるのだろう。


デパートメントストア・ガオカの一階通路をつっきり最初の十字路を左折し、すぐの角を右に曲がった俺の目に、見覚えのあるスカジャンが飛び込んできた。
「Congratulations!」
ほっと安堵の息を吐く俺に、男はにやりと笑うと、右手を「いいね!」の形にして、突き出してきた。

「で、その南国ってのは?」
辿りついてはみたものの、そこはどうみても南国とは思えなかった。
頬をかすめる風は冷たいし、吐く息は白い。
戸惑いながら訊ねる俺に、男は笑った。
「まあ、そう慌てなさんなって。」
そういうと、ビルに入り、階段をゆっくり上がって行った。
後に続く俺の目に、今まで気付かなかったが彼のスカジャンの背に描かれた刺繍が映る。
「もしかして、彼は・・・」
背中には今にもこちらに飛び掛らんばかりの獰猛な目をむく虎がいた。
ガオカ、スカジャン、虎・・・
もしかして、彼こそが・・・・
しかし、俺がそれ以上、考えあぐねる事はなかった。
不思議なことに上るほどにこのビルは暑くなった。
階段の途中で
「あちーな!」
そういって、彼は額の汗を拭うと、スカジャンを脱いでしまったのだ。
それは俺も同じだった。
ジリジリとした暑さが俺を包む。
階段をのぼりきったときには我々はどちらも全てを脱ぎ、パンツ一枚になっていた。
「それでは、一挙公開です。じゃーーん、これが、ガオカの沖縄でーす!」
男はそう言うと、ばーんと勢いよく扉を開けた。

































デッキチェアにもたれ、泡盛をのむ俺の隣に、どこからかビキニの美女がやってきて脇に同じように横たえると俺の肩に首をもたせ、天井を見上げささやくのさ。
「ねえ、あのガラス玉、何に使うか知ってて?」
ここに来てからずっと気になっていたが、店の天井からはいくつものガラス玉が吊り下げられているのさ。
「なんだろうね?」
首をひねる俺の頬にチュっとやると彼女は微笑んだのさ。
「あれはね、びん玉っていうのよ。所謂浮き玉。」
「へえ・・・」
重そうに見えるが、あれで浮くらしいのさ。
「なんだか、海に投げたら沈みそうに思えるけどね・・・」
女はそんな俺を暫く見つめたあと、ふふふと笑うと言ったのさ。
「沈まないわ。浮き沈みがあるのは、人生よ。」

続・・



・・・かない。


※フィクション