盛者必衰 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

久しぶりに旨い痺れを味わいたくて向かった池袋の四川中華料理店。
混んでるかな?
並んでるかな?
と、心配しつつ路地に折れれば、並んでいる人の姿は見えなかった。
よかった。
でも、安心するのは、まだ早い。
もしかしたら、店は先客で満席かも・・・
しかし、店の前にたどり着きガラス越しに覗いた店内には空席が見えた。
ラッキー!
しかし、喜ぶのはまだ早い。
空いているようで、予約席。
そんな例は多々あった。
恐る恐るドアをあけ、店内に足を踏み入れる。

「いらっしゃいませ。」
の声は聞こえない。
店の兄さんは入り口に立つ俺には気づかず、忙しそうに立ち回る。
「すみませーーん。」
と張り上げた声に、やっとこっちの存在に気付いてくれた兄さんが、
「ソコスワテテ。」
と、入り口付近の空きテーブルを指差した。
「え?いいの?予約してないんだけど、大丈夫?」
すんなり席を勧められたことが、嘘のようで、訊きかえした俺に、
「チュモンチョトマテネ。」
と言い残すと、兄さんは厨房のほうへ去って行った。
肩透かしを食った気分で椅子に腰掛け改めて店内を見渡すと、けっこう空席が目立ってた。
どうやら、一時期のブームは去ったらしい。


俺がここで頼むものは決まっている。
干し豆腐、麻婆豆腐、水餃子、汁なしタンタン麺だ。
たまに、これらにハチノス冷菜が加わることもある。
まずは干し豆腐に麻婆豆腐だ。
一度に全部頼むと、最初に汁なしタンタンが届き、水餃子がすっかり冷めた頃、麻婆豆腐が届くなんていうことになりかねない。
物事には順序ってのがあるのだ。
まず、千切り胡瓜と気持ち太めに切られた蕎麦のような干し豆腐の和え物を食べ、次に花椒がたっぷり効いた麻婆豆腐を食べる。麻婆豆腐が届くや水餃子を注文。麻婆豆腐の具があらかた無くなった頃水餃子が届くという寸法だ。
水餃子が届いたら、それを皿に残ったまだ温かい麻婆豆腐の餡にからめて食べる。
劇旨なんだな、これが。
そして、それを食べ終えるちょっと前くらいに、汁なしタンタン麺をお願いする。
汁なしタンタン麺はすぐ出てくる。
下手をすると、水餃子を食べ終える前に届いてしまったりするから、注文のタイミングは要注意だ。
と、まあ、こんな工程ですすんでいくのだが、この日は干し豆腐が出てくるまでに時間がかかった。
俺がそれを待っている間に、新たに入ってきた男性客が、汁なしタンタン麺と焼き餃子を頼み、それらを、どちらも半分近く残したものの、食べ終え席を立ち会計して店を出て行ったくらいだ。
男が去って、隣の食べ残しの皿が片付けられた頃、漸く干し豆腐が届いた・・・・と、思ったら、それは、胡瓜サラダだった。
胡瓜は好きだが、今は気分じゃない。
「ちょっと、これ、俺、頼んでないんだけど!」
と叫びかけ、俺は気づいた。
よくよく見れば千切り胡瓜の間に申し訳程度に存在する、白い麺状のものが見えた。
それこそが干し豆腐だ。
もしかしたら干し豆腐の値段が高騰、こうするより仕方なかったのかもしれない。
そう納得することにして、食べたそれは、胡瓜サラダだと思えば美味しかった。

胡瓜サラダを食べ終えた頃、麻婆豆腐が届いた。
が、
しかし、
待ってました!とばかりに早速口にしたそれは・・・
これが、まったく痺れないのだ。
ちゃんと注文のとき、花椒たっぷり入れて!とお願いしたというのに。
そういえば、これをもってきたとき兄さんが言ってたな。
「カラサタリナカタラ、イテクダサイ。」
アレは、辛さが足りなかったら、言ってくれ、ということだったのか。
俺は手を挙げると店の奥に叫んだ。
「すみませーん、花椒追加でおねがいします。」
「ハーイ、チョトマテネ。」
の声が返ってきた。
しかし、皿に盛られた花椒がとどいたのは、麻婆豆腐がすっかり冷めた頃だった。
俺は、皿に盛られた花椒を、全部麻婆豆腐の上に振りかけたが、確かに鋭い痺れはでたものの、なんともしっくり来なかった。砂糖を加え忘れて作ったケーキに、あとから砂糖をぶっ掛けて喰ってる感覚が、もしかしたら似ているかもしれない。あるいは、塩を加え忘れて作った炒飯を塩を振り振り食べてる感覚。

水餃子はまともだったが、肝心の麻婆ソースが台無しになったせいで、その美味しさは半減した。
いや、もっと減ったかもしれない。

今思えば、ここでやめておけばよかったのだ。
しかし、俺は最後の期待をこめて、汁なしタンタン麺も注文していた。
程なくして、すぐにそれはテーブルに届いた。
一見記憶と変わらないその見た目に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
そうとも、これはある意味ココの看板メニューだ。
そう簡単に味が落ちてたまるものか。
俺は無心で、麺をかき混ぜた。
気のせいか、かき混ぜる箸が重く感じる。
なんというか、こう、粘り気の高いものをかき混ぜてるような・・・
混ぜ終えすっかり真っ赤に染まったそれを口にしたとき、俺はやっと気づいた。
先ほどの男性客が、半分以上残して出て行った訳を・・・
けっして彼はダイエットしていたわけでも、辛いもの苦手なわけでもなかったのだ。
やっぱり麺はちゅるん、ピチピチ、水揚げされたばかりの白魚のようじゃなくっちゃねえ。
俺は立ち上がると、会計をして店をでた。
やっぱり俺の後にも半分以上残された汁なしタンタン麺が残ってた。

いったい、あの頃の感激はどこにいっちまったんだい?
ため息をつく俺の耳に、遠くに祇園精舎の鐘の声が聞こえた気がした。

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?