アンバイ | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

駅に到着したというものの、約束の時間までは、まだ小一時間あった。
さて、どうする?
しかし、答えはすぐにみつかった。
駅前をちょいと彷徨っただけで、すぐに御誂え向きの居酒屋が目に入った。
どんな感じよ?
覗き込むまでも無く、店の入り口の扉は全開だった。
店の正面に立っただけで、カウンターに誰の姿もないことが窺い知れた。
店内に足を踏み入れるよりも早く、軒下の焼き場で焼鳥を焼かれていた親爺さんが、
「いらっしゃい!」
と笑顔を見せた。
「お一人様?こちらどうぞ。」
カウンターの向こうからも声がかかり、目を向けると女将さんがニコニコとカウンター席へどうぞと促していた。
はじめて訪れたほずなのに、ずいぶんと昔からなじみのような、そんな錯覚を俺は覚える。
「ども、ご無沙汰してます。」
つい、笑顔になって、そんなことを口走り、会釈しながら、そういえばご無沙汰もお久もなかったな、と赤面する。
だけど、女将さんはそんなことまったく気に留めないいたって平然とした様子で、
「今日は、お飲み物はどうされます?」
と、注文を訊ねてきた。
最近はめっきりレモンサワーだ。
ビール大瓶一本が飲めなくなってきた。別に嫌いになったわけじゃないのだが、どうも一本飲み終える前から他の酒に目移りして、そっちを頼んでしまい、気づくと瓶に半分も残ったビールは、すっかりとぬるくなっている。
頼むならグラスビール、さもなければ、サワーだ。
レモンサワーをお願いした後、俺はつまみに帆立刺身をお願いした。
白子ポン酢ってのも気になったが、できれば、ポン酢よりは焼き白子で食べたい。しかし、メニューを見たかぎり、それは見当たらなかった。
白子があるのだから、頼めばもしかしたら作ってもらえたのかもしれないが、はじめての店で、それも最初の注文からしてメニューに無いものをお願いするってのは、少なくとも俺には気が引けた。
帆立の刺身をお願いした後、程なくして、レモンサワーが届く。
期待以上にたっぷりと入っている。そして、旨い。
焼酎とレモンと炭酸水と氷との按配が実に調和している。
飲みだしたら止まらず一気にゴクゴクとジョッキ半分ほどを飲んでしまった。
ふーーとため息をついてる俺に、親爺さんが、
「帆立刺し、今やってるんで、それまで、これでもつまんでて。」
と、照れたような笑い顔を残すと、煮込みを前に置いていった。
山のように盛られた輪切りのネギが煮込みの正体を隠している。
モツ煮込みか?と思いきや、葱をスープに沈めていくと、それは天カスと豆腐の煮込みだった。
関西風の色のうすいスープに豆腐と、汁気を吸った天カスが、いい感じに詰まっていた。
食べてみるとこれが旨い。
変な表現だが、色の薄い出汁の効いたたぬきうどんにうどんの変わりに湯豆腐を入れ、上に刻み葱たっぷりのせましたっていう感じ。
レモンサワーが空くのもすぐだった。
よし、次は日本酒か?!
カウンターにはいくつかの日本酒一升瓶がならんでいたが、いかんせんメニューにそれを示すものがみあたらない。
おそらく、お願いすれば、出してくれるのではあろうが、俺は、どちらかというと引っ込み思案な男なのだ。簡単に言えば気が小さい。
はじめて入った店で、メニューにない酒を注文できるほど、心が座っちゃいないのだ。
空いたジョッキをもちあげると、俺は言った。
「すみません、これ、もう一杯!」
新たなジョッキが届く頃、帆立の刺身も到着した。
やや厚めにスライスされた帆立貝柱が8枚。
おそらく貝柱二つ分だろう。
嬉しいが、レモンサワー一杯分とあわせるとなると、ちと多い。
丁度良く食べ終えるためには、お酒もう一杯必要だ。
しかし、その一杯が仇にならないとも限らない。
今度は酒が残ってるのにつまみがない!という状況になりかねない。
それで、つまみをもう一品と頼むと、今度は先に酒が空いてしまい、もう一杯・・・こうして、魔のDFDサイクルへとはまっていくのだ。DFDが何のことかわからないという方のために簡単に説明しておくと、drink-food-drinkの略だ。ちなみに今、俺が勝手につくった。
時計をみると、そろそろいい時間だった。
俺は、残りのレモンサワーを飲み干すと、席を立った。
皿の上には、帆立が3スライスと付け合せのツマが残っていたが、仕方ない。
そんな俺をみて、女将さんが
「あら、もう?」
と、怪訝そうな顔をした。
「すみません。そろそろ行かなくちゃいけなくて・・・」
そう恐縮しながら財布を取り出す俺に
「まだ、おつまみ残ってるよ・・・まあまあ、そう慌てなさんな、こっち座った座った。どうせ、この後はお向かいさんだろ?」
「え?」
と驚く俺に、親爺さんは、にやりと笑うと、俺をさっきまでいた席に促した。
咄嗟のことで、戸惑う俺の目の前に、小さいコップをコトリと置くと
「まあ、これでもちょっと、飲んでってよ。」
カウンターに置かれた日本酒をいい塩梅に注いでくれた。

さてと、今夜はどこ行く?

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※フィクション。