路地裏屋根裏夢うらら | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

駅前から続く飲食店街の路地裏の一角にその店はひっそりと、しかし、凛と姿を構えていた。
黒ずんだ煉瓦の外壁が、落ち着いた瀟洒な印象とともに、今までの長い伝統を静かに物語っているように思えた。
格子状の木枠の窓からは淡い電球の灯りが漏れ、暗闇の中、窓下の花壇に咲く花々をほんのり優しく照らしていた。
真鍮のドアノブを備えた厚い板チョコのような一枚板のドアなどが似合いそうではあったが、その入口はまるで日本家屋の障子戸のような白い二枚の引戸だった。
ドアを目の当たりにすると、それを押すべきか引くべきか、一瞬戸惑ってしまうように、その引戸を目の前にして、俺は迷った。
果たして、向かって左の戸を引くべきか、それとも右か?
こういった入口を持つ家屋の場合、引戸の一方は全く使用されておらず、開けてみたら、目の前が靴箱で塞がっていた、なんて事も稀にある。
靴箱なら、まだ「あ、すんません。間違えました。」と慌てて閉めて、正しい方を開け直せば済む事かもしれないが、意外に左右の戸の向こうには壁があって後に続く部屋はそれぞれ別。引戸を開けると、鶴が自ら羽を毟りながら機織りをしていて、目があった俺に「オマイさん。あれほど見ちゃいけないって言ったのに、見てしまったんだね。」と悲しそうに告げると、夜の空に飛びたっていってしまった、なんて事も可能性としてはゼロではない。万が一、そんなことになったら、取り返しが付かない。
ここは、間違えるわけにはいかないのだ。
一発で正しい方を開けなければ!
意を決して俺は扉に手をかけた。

一か月ほど前の、連休明けの火曜日の夜のことだった。
一人、はじめて入ったモツ焼き屋で呑んでいると、一人の男がやってきてカウンターで呑む俺の隣にヒョイと座った。
「御無沙汰っす!今日は一人っすか?」
席に着くや男はそう親しげに俺に話しかけてきたが、俺は彼を知らなかった。
だからといって「ええっと、どちら様でしたっけ?」なんて事は、言えない。
俺は、大袈裟に笑うとさも嬉しそうに
「ああ、どうも。御無沙汰ッス!」
と、笑顔を返した。
それから、「ええ、一人です。」を付け加えた。
男はそれに対してはそれ以上追究せず、少し秘密めいた顔になると、少し声を低めて話しはじめた。
「実はね、来月、またあの宴をやろうかって話が出てるんですよ。でね、もうすでに店は予約してしまったのですよ。幸い、まだ席に空きがありましてね、ルーマリさん、どうです?」
どうやら俺はルーマリというらしい。
いや、そのルーマリという奴は俺にそっくりなのだろう。
彼は、なんの疑いもなく俺にそう語り掛けてきた。
しかし、俺はそんなルーマリなんて奴、知らなかったし、第一あの宴ってなんだ?
だが俺が言った言葉はそれらの疑問とはまったく正反対の事だった。
「いいっすねえ!是非。来月のいつ、どこっすか?」
彼は、俺に正確な日にちと開始時間を教えてくれた。それから場所として宮崎のある地名を告げた。
思わず、
「え、宮崎まで行くんですか?」
と訊いてしまった俺に、男は「ハハハー」と乾いた笑いを見せたかとおもったら、
「そうそう、今回は宮崎で!お互い百年の孤独、満喫しましょ♪って、ちゃうがな。なんで宮崎やねん!五反田にきまっとるやないか。もう、ルーマリさん、へんなボケかまさんといて。」
と呆れた顔をした。
「いやあ、すべっちゃいましたね・・・ハハハハッ」
俺も乾いた笑いとともに頭を掻いた。それから「たぶん、行けると思います。」と伝えた。
俺の返事を確認すると、男は満足そうに席を立った。
しかし、俺はまだ彼に去られるわけにはいかなかった。
「あ、あのさ、予約名は?」
咄嗟にそう訊ねる俺に、彼は振り返るとニヤリという笑みを見せた。
「いつもの合言葉でお願いしますよ。」
合言葉???
どうしてもそれを聞きだす必要が俺にはあった。いや、そうじゃない。調子に乗ってやりすぎたが、とてもこのままにはしておけない。
似ているかどうかは別として、俺はそのルーマリさんとやらではないのだから。
例え向こうの男が間違って勝手に話してきたこととはいえ、その誤解を解かずにこのまま話を進めてしまうのも気まずいし、人としてどうかと思う。
ここは正直に話し、今までのは冗談のつもりだったんだと謝るべきだろう。
俺は、素直に謝ることにした。
「ごめんなさい。実は・・・」
そう頭を下げ、続きを話しだそうとした俺だったが、慌てたように真顔に戻った彼に遮られた。
「あれ、伝えてありませんでしたっけ?ゴメンなさい。向こうが、大徳寺?と訊ねてきますんで、ルーマリさんはヘプバーンって答えてください。それじゃ、次回、楽しみにしてます!」
言いおえると、今度はキリッとした笑顔になると、片手をチャッとあげ、今度こそ男は去っていってしまった。
彼が去ってしまうと、俺はバッグからipadを取りだし、インターネットに接続し、今得た疑問を検討しはじめた。
五反田にそんな宮崎の地名の場所なんてあったっけ?
調べると、たしかに五反田にその名前は存在した。しかしそれは地名ではなく店名だった。
なるほど、開催場所はここか。
本物のルーマリとやらには悪いが、ここはルーマリになりきって行ってみよう。
店の情報を読んでいくウチに、俺はそんな気持ちが固まってしまった。
宴はどうあれ、俺は個人的にその店にとても行ってみたくなってしまったのだ。

そっと戸を引き中を覗き込んだ俺の目に飛びこんできたのは、カウンターで肩を寄せ合うように隙間無く座り各々談笑する客の姿だった。
引戸の向こうは、静かにスピーカーから流れるjazzとどこか心地よい人のざわめきに溢れていた。肉の焼ける芳ばしい香りが漂っていた。薄暗い店の奥、誰かの紫煙がぼんやりと宙にゆらめいていた。
こちらで正しかったのか?
カウンター一番手前で呑んでいた男が、こちらを振り向くと、入口で佇み、果たしてこっちで良かったのかと戸惑っている俺に、
「Congratulation!」
と短く笑った。
コングラチュレーション?いや、違う。聞かれる言葉は大徳寺?のはずだ。
俺は曖昧な笑みを浮かべ黙っていた。
そんな俺に、男は言った。
「もしかして、大徳寺?」
まさか、こんな形で合言葉が出て来るとは思ってもいなかった。
俺は不安ながらも、合言葉を恐る恐る呟いた。
「ヘプバーン。」
そんな俺に彼は大きく肯くと、指で天井を指差し、それから店の奥に行くよう手の平で促した。
取り敢えず店に入って、奧に行けということらしい。俺は男に一礼すると、店の奥へと足を進めた。
店の奥には細くて急な階段があった。それは屋根裏の部屋にまで続いていた。
階段を昇りきったそこには、予想以上に広い空間があり、俺をここに誘った男が既に女性と二人、呑みはじめていた。
やってきた俺に気付くと嬉しそうに手を振った。
俺も手をあげおじぎをすると、同じテーブル席に着いた。
そんな俺に女性が、ビールの入ったグラスを持ちあげ、
「はじめまして。」と微笑むと、
「・・・ですよね?」
と、上目づかいに俺を見た。
「ええ、たぶん。」
本物のルーマリとやらが、以前彼女と会ったことがあるかどうかは別として、少なくとも俺ははじめて会う女性だ。嘘は言ってない。俺はそう答えると、「どうも、はじめまして。」と会釈をした。
そんな様子を見て、男は極めて不思議そうな顔をした。
「あれ、おふたり会うの初めてでしたっけ?この前、一緒やったと思うんだけどなあ・・・」
そんな彼に俺が曖昧に「はじめてですよ。」と答えると同時に彼女も、きっぱりと「はじめてよ。」と告げた。
「彼、知らない?ほら、あのルーマリさん。」
男は、そう言って俺を彼女に紹介してくれた。
ルーマリさんって、ホントは俺、違うんだけどね。全く変な名前の男にされっちまったなあ。この後、ずっと、そのルーマリとやらで通すのかよ・・・まあ、時期をみて本当のことを話せばいいか!
俺は、心で苦笑した。
だから
「ええー、本当に!」
と紹介を聞くや彼女が、声を張り上げ、
「ホントに!?、あなたがルーマリさん?うわー!、超嬉しい!私、ずっとファンで、とてもお会いしたかったんです。えっと、ハグとかしてもいいですか?」
そう言ったと思ったら次の瞬間、俺の返事も聞かずに、突然抱きついてきたときには、俺も反射的に彼女を抱き締めながら、とても驚きを隠せなかった。
なに?ファン?!
お会いしたかった?!
なんだかわからないけれど、ルーマリはけっこうモテル男らしい。
しかし、向こうの勘違いとはいえ、ここまでされてしまったからには、もう、今更ながら、いや実は俺、偽物・・・とは言えなかった。
彼女だけじゃなかった、その後、訪れた女性みんなが、俺がルーマリだとわかるとハグしてきたりキスしてきたりした。
ルーマリ。
いったいどんな男なんだ?
俺は、このまま奴になりきれるのか?
実は偽物ってばれたら、俺、どうすりゃいいんだよ。
そんな不安を誤魔化すべく、俺はひたすら酒を呑むしかなかった。
そして酔い、いつしか、深い眠りに落ちていった。

眠りから覚めたのはもう、外が明るくなりはじめた頃だった。
あんなに盛りあがっていたはずの仲間は、だれも居なく、俺は屋根裏に一人残されていた。
テーブルには、食べつくされた料理の皿やら、僅かにワインが底に残るグラスやらが、散在していた。そして、俺の目の前には、一通の封筒が置かれていた。
中を覗くと、手紙が出てきた。

「Conguratulation! この度は当選おめでとうございます。一日ルーマリ体験コース、いかがでしたか?。モテモテのルーマリ気分、御満喫頂けましたか?メンバー一同、心より尽くさせて頂いた所存であります。なお、今夜の出来事はあくまでも体験。夢の一続きとお考え下さい。間違っても現実と混同なされぬよう。御理解下さい。それでは、現実の社会にお戻り下さい。差しあたって、本日の御精算額から・・・」

下に示された代金を見つめる俺の脳裏に、昨夜の料理の数々が、秒一送りのスライドショウのように駆け巡った。

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

さて、精算額は幾らだったでしょう?

って、その前に、前述のお話しは全て妄想、作り話。そういった話は全く事実とは異なりますので、信じちゃダメよ、フィクションね。(店舗の説明一部を除いて。)



                           




※一人あたり7000円ほど。安いと取るか、高いと取るかはアナタ次第!