葛藤 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

マキと食事をする約束があった。
俺は、いつもより早めに職場を出て月島に向かった。
マキはもんじゃが食べたいと言ったのだ。そして自らもんじゃ屋を予約してくれた。
「7時半だからね!楽しみにしてるね!」
彼女は言った。

地下鉄有楽町線月島の駅を降り、地上にあがると、そこにはもうもんじゃの香りがうっすらと漂っていた。
時計をみると、まだ約束の時間までは30分あった。
俺はゆっくりともんじゃストリートを進んでいった。
目的のお店は結構外れの方にあるのだが、どんなにゆっくり歩いても10分もあれば到着できる。
ちょっと早く着きそうだが、ビールに軽いつまみでも頼んで待ってればいい。
と、そんな時だった。
不意に後ろから俺の名を呼ばれた。
振り返ると、一人の女がどこか戸惑った顔で立っていた。
俺の顔を確認すると「やっぱり!」と言い、嬉しそうな笑顔を浮かべ駆け寄ってきた。
「どうしたのさ、こんなところで。」
キョーコ。
俺がかつて愛して止まなかった女だ。
しかし、その頃彼女は俺に興味が無かったようで、いつデートに誘っても「ごめんね。」と体良くあしらわれた。
負け惜しみを言うわけじゃないが、彼女に断られていたのは俺にかぎった話じゃない。
多くの男が、彼女にアプローチしては俺同様、あっけなく散って行った。
当時から彼女は多くの男達から大人気だったのだ。
彼女とせめて一度でいいからデートしたいと思う男は俺だけじゃなかった。
ライバルはグラスに注いだビールの泡を数える以上に沢山いた。
彼女に承諾をもらう為だったら!と彼女の家の前で、何時間も何日間も何か月間も待ちつづけるような強者も多数存在した。
とても、敵わねえ・・・
別にキョーコだけが女じゃ無いさ。
いつの日か俺はキョーコを追うのを諦めた。

そんなキョーコが今、俺の目の前で笑っていた。
諦めたとはいったものの、心の本当のところでは、ずっと俺は彼女を求め続けていた。
目の前の彼女は俺が知っていたあの頃より、もっと遥かに美しくなったように俺には思えた。
俺は彼女の質問には答えずに、逆に彼女に訊いていた。
「今、いいかな?」
そんな俺を不思議そうに見つめ返すと「ん?」と笑った。
「時間あるのなら、久々に一緒に呑みたいなあと思って。」
照れ隠しに鼻筋を掻きつつ言いながら、そう言えば久々もなにも、キョーコとは一度も一緒に呑んだことはなかったな、と思いだした。
しかし、彼女はそんなことは指摘もせずに、にっこり笑うと「いいよ。」と言った。

さてと、今夜はどこ行く?

人生ってのは皮肉なものだ。
あの当時、何度も何度もアプローチしても、断られ続けていたというのに、「もう諦めた、アイツのことは忘れよう!」と決めて、なんとか忘れかけたかな・・・って時になって、「いいよ。」なんて言われるだなんて。
そして、そんな時に限って、俺には後に外せない予定が控えている。
ずっと夢見ていた、念願のキョーコとの初デートだというのに、俺にはもう30分すらも、その猶予はないのだ。
俺は残されたおよそ30分を、限りなく有効に使おうと心に決めた。

さてと、今夜はどこ行く?

俺はキョーコを連れ、目についた酒場に入った。

さてと、今夜はどこ行く?

しかし、時間ってものは残酷だ。
こういう時に限って早々と進む。
気付くともう30分が過ぎていた。
それを見計らったように俺のポケットの中で携帯電話が震えた。

さてと、今夜はどこ行く?

「今どこ?」
マキがメールでそう訊ねてきていた。

さてと、今夜はどこ行く?

「もうちょっと。遅れてゴメン。」
俺はそう打ち込むと、返信した。

さてと、今夜はどこ行く?

しかし、キョーコの魅力は俺の腰を上げさせなくするには十分すぎた。
もうちょっと、もうちょっと、後少しだけ・・・・
俺はキョーコとはじめて過ごす一緒の時間から離れられないでいた。

さてと、今夜はどこ行く?

ふと時計を見ると、もうマキとの約束の時間より30分が経過していた。

さてと、今夜はどこ行く?

やばい!
もう、行かなくては。
流石にこれ以上は甘えられない。

さてと、今夜はどこ行く?

ごめん。俺はもう行かなくちゃいけないんだ。
今日はありがとう。
とても嬉しかった。

そう言って腰を上げる俺に、キョーコは優しく微笑んでくれた。

さてと、今夜はどこ行く?

そしてポツリと言った。

さてと、今夜はどこ行く?

平日は結構、私、空いてるよ。
寒い雨の夜なんて、特に。
それじゃ・・・またね。

さてと、今夜はどこ行く?

うん、また。
本当に今日はありがとう。

一人店を出ると、マキの待つ約束の店へと、小雨降る寒空の下を駆け出した。




p.s;関係者各位様 そんなわけで到着遅くなってしまい申し訳ありませんでした。やっとはじめて入れた店だったんで、どうしても長っ尻になってしまったんです。本当にごめんなさい。

p.s.2;文章はもちろんのことフィクションっす!