ひかえ亭 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

板橋の花火大会の特別席のチケットが4枚手に入ったので奥さんも御一緒にいかがですか?
と誘われたのは、花火大会がはじまる2、3日前の事だった。
俺は妻に意見を確認することもなく二つ返事でお願いした。
それから、妻に断りもなく彼女も参加で、と返事してしまったがはたして妻はOKの返事をくれるだろうかと心配になった。
まあ、その時はその時だな!
と、開き直って家に帰ると、玄関のドアを開けるや、妻が駆け寄ってきて、開口一番
「ねえ、今度の土曜日、花火大会行く?」
と訊いてきた。


土曜日、花火大会は夜7時半から開宴ということだったので、その前に何処かで一杯やっていこうと、渋谷に3時半に待ちあわせた。
待ちあわせて初めて知ったが、花火大会の開宴が7時半からであって、指定会場への入場は6時20分まで、さらに最寄りの駅から会場までは徒歩30分、さらにさらに、当日その界隈は車両通行禁止、タクシーを使うという手段も不可能だった。
つまり、まだ3時半と余裕かましていたが、開けてびっくり、もう3時半!だったのだ。
渋谷でのんびり呑んでから向かうなんてありえない。
我々は、すぐに埼京線のホームに向かった。
おわかりのことと思うが、渋谷駅埼京線ホームは、渋谷とは名ばかり、アレは代官山駅といっても過言ではないくらい渋谷駅から離れているのだ。
やっとのことでホームに着くと、丁度やって来たのは湘南新宿ラインの電車だった。
赤羽までは行くものの、そこから先は方向が違う。
我々はそれを見送り次の埼京線を待つことにした。
見送ってから気付いたが、時刻表はあと15分ここで待ってくれと言うことを告げていた。
山手線のホームに戻って池袋まで先に行くということも考えたが、池袋に先に着いても結局乗る埼京線の列車は今待っているもの、下手をすると次のものになるかも知れなかった。
我々は動かず待つことにした。
次の埼京線に乗り込んだ時には、既に待ちあわせてから30分が無駄に過ぎていた。
そして電車が池袋に着いた頃、俺は気付いた。

俺達が乗っているのは急行だ!
急行は、目的の駅に止まらない!
どうするよ?!?!

我々は誰一人として、池袋始発の埼京線各駅停車なるものが存在することを知らなかったのだ。

というようなこともあり、目的の浮間舟渡駅という東京最北の駅に辿りついたのは4時半過ぎだった。
駅は既に花火観覧者で溢れ、警察が道路整備に借りだされているほどの混雑具合だった。
6時20分までには会場に到着しておかなければならないことを考えると、余裕を持って6時には会場に到着しているようにしたかった。
会場ま徒歩30分というパンフレット情報を信じると、呑んでいる時間は今から約一時間。
店を吟味して歩きまわっているわけにはいかなかった。
我々は目に付いた居酒屋に駈けこんだ。

ドアを開け店内を覗くと、我々と似たような客が既にテーブル席を占拠していた。
みんな花火の前に一杯っていう魂胆なのだろう。
「4人なんですが、いいですか?」
目があった御主人にそう尋ねると、「奧の座敷でよかったら。」と言ったあとに「狭いけどいいかい?」と付けくわえた。
贅沢は言ってられない。
「いえいえ、全然問題ありません。」
そう答えると我々は奧の座敷に上がりこんだ。
上がって知ったが、狭いどころか全然広かった。
「御主人、全然広いじゃないッスカ!」
そういう俺に、御主人は「いやあ。」とはにかみ頭を掻いた。

さてと、今夜はどこ行く?

それから
「今日は花火大会で忙しいモンで、あんまり手の込んだものは出せなくてね、たいしたもの無くて申し訳ないんだけど、ここに書いてある奴から選んでね。」
と、壁の黒板を指差した。
そこには、300円、400円、500円の3つの大項目が並び、その下に各品名が選択に悩むほど記載されていた。
さてと、今夜はどこ行く?

「御主人、たいしたもの無いどころか、選択に迷うじゃないっすか!」
そう指摘すると、またまた御主人は「いやあ。」と笑われ頭をかいた。
とりあえず目に入った煮込みを頼む。
「ちょっと時間かかっちゃうんだけど、いいかな?」
そう遠慮がちに言われたので、早くてすぐに出来るものを訊ねると、
「ポテトサラダは、すぐ出せるんだけど。」
と、また恥ずかしそうに答えられた。
我々はポテサラもお願いした。

さてと、今夜はどこ行く?

ポテサラが先に届くのかと思いきや、すぐに届いたのは煮込みだった。
「あれ?時間かかるって話だったけど、けっこう早いじゃないッすか!」
と驚く我々に、またまた御主人は「いやあ・・」ととまどった様な笑みをみせた。
それから、遅くなってごめんなさいね、とポテサラを出してきた。

さてと、今夜はどこ行く?

それはとても旨いポテサラだった。
「マスター美味しいよっ!」
と、誉めると
「どうもありがとうございます。」と照れ臭そうに笑いながら、
「ポテサラは少々自信があるんです。」
と付けくわえた。

さてと、今夜はどこ行く?

だからといってポテサラ以外は全然美味しくないのかというとそうではない。
まったくの逆。
どれもこれも、美味しかった。
なにより最高に高くても一品500円というのが嬉しかった。

さてと、今夜はどこ行く?

だからつい、まだ大丈夫、まだ大丈夫と、予想以上に料理も頼みお酒もおかわりしちゃったのだが、

さてと、今夜はどこ行く?

こういう時の時間は意地悪。
気付けば、もうこんな時間。
「もう行った方がいいんじゃない?」
そんな声もあがりはじめる。
「すみません、マスター。ここから花火大会の会場までってどれくらいですか?」
そう訊ねる我々に御主人は言った。
「そうねえ・・・歩いて10分かそこらじゃないかな?ここ真っ直ぐ行けば、もう土手だから!」

10分!
たったの10分!

そりゃあ、まだまだ飲めるってことじゃね?!
料理も追加するってもんじゃね?!

さてと、今夜はどこ行く?

しかし、アレだな。
大切なことを忘れていたな。

さてと、今夜はどこ行く?

店の名は「ひかえ亭」
なんでも控え目。
自信も控え目なら、時間も控え目。
遠さも控え目なら、通しも控え目。

さてと、今夜はどこ行く?

それじゃあ、マスター御会計!ご馳走様でした。
って渡された会計の書かれた伝票が、我々の計算より1600円高いってのはどういう事?
それはお通し!
枝豆も控え目。

さてと、今夜はどこ行く?

なるほどねえ!と土手まで向かえば、たしかにマスターの言うとおり。
土手まで10分。
我々の会場は・・・

さてと、今夜はどこ行く?

「走るぜっ!!!」


控え目もほどほどに・・・・

まったくもって、お控えなすって!


・・・・なんてお店があっても楽しいかも知れないなっていうフィクション。実在のものとは一切関係ありません。