椰子の元のオアシスに急ぐ旅人のように、俺はその幟に近付いていった。
「なあ、ちょっと休んでいこうぜ。」
俺は後ろを歩く妻を振り返り、そう告げた。
妻はなにも言わずコックリ肯くと、その幟の立つ店の中へと入っていった。
熱い真夏の土曜日だった。
土用の鰻にはまだはやかったが、俺にはチョイとした計画があった。
とある方のブログを拝見して知って、俺もどうしてもそれをやりたくなったのだ。
計画はこうだ。
まず、新橋に渋谷からバスで行く。
新橋のアンテナショップで御当地ビールやらつまみを買い込み、水上バスへ乗り込む。
新橋から水上バスで浅草へ。
浅草についたら、鰻の色山（仮）で鰻を食べて、それからちょいと浅草散策。
最後、神八バー（仮）あたりで軽く飲んで、銀座線で渋谷に戻って鳥益（仮）か千巴（仮）で〆。
我ながらなかなか素敵な計画だ。
俺は、妻を誘い、お昼ちょっと前に、家を出た。
雲一つ無い晴天だった。
渋谷駅に向かいながら妻が俺に訊く。
「ところでさ、新橋行きのバスって、どっからでてんの？」
俺はそれを知らなかった。
知らなかったのはそれだけじゃなかった。水上バスが新橋のどこからでているのか？その時刻表、浅草までの所要時間、浅草のどこに水上バスは到着するのか、そこから色山までの行き方、色山の営業時間、その前に、色山が土日も営業しているのかどうか？色山の電話番号、何一つ俺は知らなかった。
「ほんとうに、オマイさんは行き当たりばったりなんだから！人を誘うんなら、ちゃんと綿密に計画してからにしてよ。」
そんな文句を言う妻に、俺は最近「深夜食堂」のDVDで覚えた「行き当たりばったり」の曲をサビだけ歌った。
それから、
「大丈夫、大丈夫、行けばなんとかなるって！」
と、妻の頭をポンポン叩いた。
「行けばなんとかなるっていうのは、ナンにも計画しねえで行動する奴の言い訳じゃねえのかい！」
と、妻に凄まれ、シュンとなった。
結局、水上バスは諦め、銀座線で向かうこととなった。
思えばこの辺から歯車は狂いはじめていたのだ。
田原町で銀座線を降り、色山にむかったものの、大通りから色山に向かう小路に折れてビックリした。
なんと、まだ12時前だというのに、そこには長蛇の列が出来ていた。
頭上には炎天
足下からは輻射熱
日傘や団扇やタオルの類は非所持な我々
「無理！ぜったい！」
妻の口からそんな言葉が漏れるのはすぐだった。
「他行こう、他。オマイさん、どっか他に鰻屋知らないの？」
結局鰻屋を求め、千束近くまで歩いていた。
妻も俺も熱さと喉の渇きでグッタリだった。
妻が不平不満をたらたら言いだす。
俺は俺でそれを怒る。
蒸し暑さが苛々に拍車をかける。
我々はいつしかお互いムッとしたまま目も合わさず、口も聞かなくなっていた。
行けども行けども鰻屋は見つからず、俺は踵を返し、また来た道を戻りはじめた。
妻も黙ってそれに続く。
もう鰻はいいや、勝手に俺一人で正ちゃんあたりに呑み行っちゃおうかなあ・・・
なんて思った時だった。
俺の目に、氷の幟が飛びこんできた。
俺は振り返って妻に言った。
「なあ、ちょっと休んでいこうぜ。」
店は冷房が程良く効いて快適だった。
かき氷のみならず、白玉ぜんざいやら、くずもち、あんみつなどもメニューにあった。
それどころか、焼きそばなんかの軽食、なんとビールまであった。
しかし、気分はすでにかき氷だった。
それは妻も同じだったようで、お互い悩むことなく好みのかき氷を注文した。
初めて伺ったお店だというのにお店の女将さんは我々にまるで昔からの友達のように親しげに話しかけてこられた。
お陰で、険悪になっていた我々の関係も、自然に和らぎ、お互いの顔に笑顔が戻った。
もちろんかき氷が美味しかったのは言うまでもない。
なんていうのかなあ、綿菓子のようなかき氷っていうか・・・スプーンで掬って口に氷を入れた瞬間、舌の上でそれがスーーっと溶けて、冷たさだけが甘みを残して喉に落ちるっていう感じ。
巧く言えないけど、なんとも幽玄的かき氷だった。
俺は最後の一滴まで飲み干していた。
器を置いて、前をみると、同じように最後の氷を飲み干す妻がいた。
と、まあ、そういうわけだからさ。
もしも、浅草で、デートして、彼女と険悪なムードになりかけたら、
ここを訪れるといいかもよ！
でも、まあ、その前に真夏のデートは計画的にっ、だな！
「ってオマイさんが言えたことかいっ！＼(*｀∧´)／」
へい。。m(u_u)m