走馬灯のように・・・ | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

初めて降りる駅だった。
この日、その界隈の居酒屋で、呑み会が企画されていたのだが、開始時間迄はまだ一時間以上あった。
俺は、ぶらぶらと、初めて降りたその街を、歩いてみた。
気になる居酒屋を何軒か見つけたが、生憎、まだ早い時間な事もあるのか、店の明かりは消えていた。
そんな中、ふと明かりの灯るお店に巡りあった。
鉄筋コンクリートの小さなビルの一階のお店で、ビルを見る限りここ最近、遠くても昭和の終わりか、平成になってからできたもののようだったが、店構えだけを見ると、ずっと昔からそれこそ、昭和の始めの方から、存在している店のような雰囲気を感じた。
俺は勝手に想像する。
バブルの頃、度々訪れて来るディベロッパーと称する地上げ屋達。
戦後、やっと手に入れた小さな店で地道に居酒屋を営む親爺さん。
「いやあ、この土地は渡せないよ。」
そう言う親爺さんに、泣き落としの後は嫌がらせ。
ほとほと困った親爺さん、ついに相手の要求に首を縦に振る。
条件付きで。
「ここを譲るのはいいけどさ、ビルの一角でこの店を続けさせてくれないか。」
外観は変わっても中身は一緒。
「いやあ、この店が残ってよかったよ。」
常連さんたちが、そう喜んで、今夜も、口開け早々、訪れる・・・
扉を引いて、中に入れば、楽しげに呑む、呑み人達のざわざわとした喧噪が・・・

さてと、今夜はどこ行く?

ちょいとそれにはまだ早すぎたのか、誰もいないカウンター。
予想とは違った展開に、俺はちょいと戸惑った。

さてと、今夜はどこ行く?

だけど厨房には想像通りの親爺さん。
「なに飲まれますか?」と女将さん。

さてと、今夜はどこ行く?

独りポツリとカウンター隅で呑みながら、ふと見た壁にポスターを見つけた。
それは俺がかつて訪れた、ある海沿い漁港の街のもので、ああ、そうか、この店の名前はそこからきてるんだ!と俺は納得、それを親爺さんに尋ねると、
「はい、そうです。」

さてと、今夜はどこ行く?

短い返事があったきり、それっきり。

さてと、今夜はどこ行く?

もうちょっと、会話が発展すればな・・・と思ったものの、俺にもそれほど知識は無くて、話はそれで終了、独りチビチビ酒を呑む。
しかし、それもなんだか味気なく

さてと、今夜はどこ行く?

壁に貼られたメニューの内容、訊ねたりして、無理矢理、親爺さんに話をかける。
だけど親爺さんは、寡黙な方で、返って来る返事は最小限。
料理の美味しさを旨いと誉めても、はにかむように笑うだけ。

さてと、今夜はどこ行く?

なんだか、野生の証明に出ていた高倉健さん役の男性を目の前に呑んでるような、そんな気分で、

さてと、今夜はどこ行く?

いつしか俺の背筋は伸びていた。

さてと、今夜はどこ行く?

だけどなんだか居心地よくて、ついつい進んだハイボール。

さてと、今夜はどこ行く?

旨いねえ!と、もう一杯とグラスに腕をのばしたら、

さてと、今夜はどこ行く?

ポケットの中で携帯が震えた。

さてと、今夜はどこ行く?

もうすぐ着くので、という友人に、
俺もすぐ行くと返事して

さてと、今夜はどこ行く?

最後の煮込みをかっこんだ。

さてと、今夜はどこ行く?

御馳走さまでした。

お会計して美味しかったとお礼を言うと、
「どうもありがとうございました。またどうぞ。」
そう仰る親爺さんは、相変わらず、照れくさそうな顔で笑ってた。

さてと、今夜はどこ行く?