福田フライ@野毛 | さてと、今夜はどこ行く?

さてと、今夜はどこ行く?

酒場であったあんなこと、こんなこと。そんなことを書いてます。ほとんど、妄想、作話ですが。

帰宅途中の電車の中で携帯電話が震え、見ると妻からのメールだった。
「これから餃子を食べに行って来る!」
と、書いてあった。
「俺も行く。」
と送ると、
「女子会だから、だめ。」
と返って来た。

女子会?

俺は携帯電話を改めて見つめなおした。しかし、それは間違いなく俺のものだった。
それから、俺の妻について考えた。
しかし、どう記憶を漁り直しても、俺には10代はもちろん20代の妻もいなかった。

それから、ああ、そうか、女史会の変換ミスか、と理解した。
もしかしたら助士会かもしれない。
なんにせよ、俺の飛び入り参加は許されない会には違いなかった。
ちょうど電車が横浜に着いた。
俺は、普段あまり降りる事の無いその駅で降りていた。
そして、

さてと、今夜はどこ行く?

普段あまり来る事の無い野毛にいた。

さてと、今夜はどこ行く?

さて、これからどうしようか?
野毛の飲屋街を歩きながら俺は思案する。
取り敢えず、目に入ったフライ屋に入って、これからのことを考えることにした。
串カツを数本頼むと、揚げ場のお母さんが
「タレはどうします?辛いの?」
俺は今後のことも考え、辛くない方を選択した。
辛い方がより旨いのは知っていたが、辛さの根源がガーリックであることを思うと、その選択は危険だった。
あの香りを口はもとより体中から発散させて、この後に、ほとんど訪れたことのない、あるいは初めて伺う店を梯子するのは、キツイ香水をタップリ振り掛けてから、寿司屋、刺身屋、オイスターバーを梯子するに匹敵するくらい失礼な事に違いない。

さてと、今夜はどこ行く?

隣の客が食べている辛いソースの串カツを眺めながら、辛くないソースの串カツを食べる。
負け惜しみを言うようだが、辛くなくても十分に旨い。

さてと、今夜はどこ行く?

「うちは、アンタに出すものは何もないよ!さあ、帰った、帰った!」
温和そうに見えたお母さんが顔を顰めて怒鳴っていた。
揚げ場の前には浮浪者なのか、アル中なのか、はたまたその両方か、口が回らず言葉もまともに話せないような、立っているのもままならないような、小汚い格好の男が、フラフラしながらお母さんに話しかけてた。
ギョロっとした目がキョロキョロキョロキョロ落ちつかない。
どうやらお店のお母さんに、呑ませてくれよ。と、くどいているらしい。
「客を差別するのかよ。」
なんてことも言っている。
お母さんは、眉をひそめ無視を決めこみ、黙ったまま串を揚げ続ける。
よく来る人なのだろうか?
常連さんの中には「アイツ、また来たか!」って感じで舌打ちをする方もいる。
俺の両サイドには空きスペースがあった。
いやだなあ、あんなのに俺の隣で呑まれたら・・・

しつこい男に閉口して、
「じゃあ、一杯だけだよ!これ呑んだら帰るんだからね!」
みたいな展開になって、
「えへへへへ」
なんて、男が隣に来た日には最悪だ!
そうなる前に、ここは出よう。
残りの串カツもビールもそのままに、胸の財布に手を伸ばしかかったら、
「おーい、駄目なものは駄目なんだからさ、もう諦めて帰りなよ!」
と、奧で呑んでたお客さんが太い声をあげた。
いままでしつこくごねてた彼だったが、それを聞くや嘘のように静かになって、すごすごと店を出て行った。

さてと、今夜はどこ行く?

それと入れかわりに、今度はスーツ姿の若い男女の4人組が入ってきた。
女性二人と男性一人は、この店が初めてらしく、店内を見渡し感嘆している。
慣れているのか一人の男性がテキパキと注文をお母さんに伝えている。
お母さんも「ソースは、辛いのでいい?」と、すっかり笑顔。

改めて手を着けた串カツは、少し冷めた感じもしたけど、旨かった。
ビールも飲み干し、ご馳走様。
告げられた御会計は、千円ちょっとしかしなかった。
千五百円を手渡しお釣りを受けとる。
お釣りを手渡しながらお母さんが済まなそうに笑う。
「さっきはごめんね。嫌な思いさせちゃって。」
「いえいえ、全然。とても美味しかったです。また伺います。どうもご馳走様でした。」

さてと、今夜はどこ行く?

店を出ると入れ違いにお客が入った。
「いらっしゃーい」
の、明るい声が聞こえてきた。

さてと、次はどこに行こうかな。
そういえば、これから行く店のことを考えるつもりが、なんにも考えていなかった。
まあ、いいか!

野毛の夜は、まだはじまったばかり。