そんな日が続いて、あ~ついに糖尿病か…とあわてたやつです
ガックリしながらふと棚の上を見ると、
いつもと違うトイレットペーパーの袋に『香りつき』の文字が…。
でもちょっぴりビビった出来事でありました。
ひなコギも元気ですよ~~
1月には無事11才のお誕生日を迎えましたが、変わらず元気デス。
さすがに、お顔周りには白い毛が増えてきましたが。
(ワンコも白髪になるんですねぇ)
ブログをお休みしている間には、梅が咲き… そして桜も咲き…
今やすっかり葉桜になりました。
いつまで長いことピグやブログ放置してんねんって感じですよね。
3月はね、
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、そう確定申告。
あと、年度末、ということで歓送迎会のシーズンでした。
仕事も1、2月よりは忙しくさせていただきました。有難や~
4月にはいり、そろそろピグやブログ復帰も考えていたときに、
近所に住む父からメールが届きました。
以前触れたかもしれませんが、
2年前(2010)の4月、父の前立腺がんが発覚しました。
骨転移あり、で手術はできない状態でしたが
幸いホルモン療法が功を奏し、
前立腺がんの指標となるPSI数値も、正常値にまで下がりました。
あ、父自身には殆ど自覚症状はなく、苦痛もなかったようですよ。
ただ、骨転移による足のつけねにしびれるような感覚があったくらい。
昨年4月には、落ち着いていたPSI数値が微増の傾向があり、
(ホルモン療法は、いずれは効かなくなるようです)
ドクターから放射線治療を受けた方がよい、と提案されました。
それで完治するわけではありませんが、
今のままだと、がんが進行して他臓器に転移する可能性もあるため
今の状態を維持できるように、すすめられました。
このときも、父に変化はなかったんですよ。年齢なりに元気でした。
そしてこの4月。
放射線治療で落ち着いていたPSI数値がまた増加しており、
がんの進行が考えられること、
で、今の病院とは別の心療内科クリニックに、娘(私)同伴で行くよう
ドクターから言われた、と父からメールがありました。
4月初めのことです。
父と私、クリニックの都合がうまくかみあわず、10日後の受診となりました。
この間、いろんな思いがワタシの中をかけめぐりました。
何のハナシやろ。
余命とか宣告されるんやろか。
父と同居するよう説教されるんやろか。
もし悪化して、介護とかなったらどうしよう。
仕事はどうしよう。
最悪、父に何かあったら後始末はどうしよう。
その間の仕事はどうしよう。
ホントにいろんないろんな思いが交錯し、ちょっと暗かったです。
でその中には、こんなときに父のことより仕事のことや、
父がいなくなったあとの後始末のことを考えてる自分が情けなく
凄く自己嫌悪になったりしました。
それは、今も結論でてません。
でも。
その心療内科に14日に行ってきました。
中年の女性の先生でしたが、とてもとても包容力のある先生でした。
父のハナシも、十分に時間をかけてきいてくれ、
父の不安にも、きちんと回答してくれ、
父も精神的にも、凄く楽になったと言ってました。
先生曰く、今は父が元気な状態なので、
好きなものを食べて、好きなことをして楽しく過ごすようアドバイスされました。
結果それが延命につながるんですって。
何度も言いますけど、
父は年齢なりに元気です。
がん、以外の部分では不整脈があったり、めまいの症状があったりしますが、
前立腺がん、ということについては不快な症状も殆ど感じないようです。
これから進行したら、でてくるのかもしれませんが。
なので、余命宣告、とか
娘としてどうあるべきか、とか説教されることもなく
前向きに、今後の対応についていろいろ教えてもらってきました。
たとえば、
今後、父がちょっとしんどくなってきた場合は、介護認定をうけ、
ヘルパー制度の活用を考えること。
そして、それでもきつくなってきたとき
具体的には、トイレに行くのさえ自分で行けなくなったとき、
そのときには、ホスピスに入院を考える時期であること。
父もワタシも漠然と考えていた不安や悩みを
こうしてきちんと、道筋を示していただいたことで、
お互いに気分的に凄く楽になりました。
だって、がんの末期とは思えないくらい父は普通に生活してるし
悪くなるかもしれないけど、今の状態が続くかもしれない。
それに、男性の平均寿命をとうに超えている父(もうすぐ87才)。
これからのことは、だれにもわからないですよね。
なのでなので。
父もワタシも元気です。
ちょっと落ち込んだ時期もありましたが、
仕事もしないと、生活できないですからね~
そんなとき見つけました。
ど根性スミレ
どんなときも、どんなところにも春はくる。