朝から具だくさん肉ジャガを作り、皿を洗って、街のカフェで、今日もボケーーーーーーッとしている。

  だいたい50才あたりまでは、年寄りや先輩たちから学んできたけれど、それ以降は、逆に若いヤツらから学ぶことの方が増えてくる。

  教えていた生徒に学ぶことも多い。
  専門学校時代「90%以上出席したならば、無条件で「A」をやる」ことにしていた。

  バーを開くまで4学年を担当した中では、「全員、欠席なしだった」・・・・と言いたいところだが、たった1人だけ、校内規定の60%にも満たない生徒がいた。
   他の全ての生徒は評価「A」なのに、彼1人だけ「C」評価を付けざるを得なかった。
  つまり「ドベコス」。唯一の「落ちこぼれ」。「最低の成績」だったということだ。

   学校に来ないで、パチンコに通い、勝った金で風俗に赴くというわけである。
   カバンの中は、テキストではなく風俗嬢の名刺の山。驚いた!!(´⊙ω⊙`)
   言うまでもなく、高校時代はケンカとナンパに明け暮れる日々を送っていたらしい。

  その彼、全生徒を差し置いて、いちばん最初にケアマネージャーの資格まで取得するや、20代半ばにして老ケア施設の施設長まで駆け上がり、28才の時には全県下5カ所の統括マネージャーにまで出世してしまった。
  30代で県のケアマネ協会長を務め、今は自分の経営する老ケア施設のオーナーになっている。

   その彼は若いにもかかわらず、私よりも上の世代の感覚の持ち主。空気を読んでいるふうには見えない。
  どこへ行っても、ゴーイングマイペース。
  体格は、私と変わらない。今時には小柄な方かもしれない。

  デカイ声で女性に話しかけ、飲み屋でのトイレは開けっ放し。
  私はしょっ中、社会の窓を閉め忘れて、コソコソと人目をはばかりながらチャックを上げるが、彼は堂々と人目を気にせずチャックを上げる。

  自分の母親と嫁さんの両親と子どもたちと彼女。合計すると10人近くの生活費を稼いでいる。
   ひと月の夜の交際費(接待費)は、100万円と決めているそうだ。

  女性から見れば、あまりホメル気にはならないだろうが、気の小さな私から見れば、私の子どもの年齢にもかかわらず、学ぶことが少なくないのである。