異能捕物帳1「窯ケ谷スタジアム投手消失事件」
窯ケ谷駅のロータリーでバスを待つ異能と涼子。
「しっかし・・・先生、田舎ですねえ」涼子はまだミニスカートに残ったママチャリ装甲車のタイヤ痕をパンパンと払い落している。
「田舎だねえ・・・」異能は講談社文芸文庫の川崎長太郎の文庫本を読みながら上の空だ。断っておくが俺の空ではないぞ。
「ちっ・・・」涼子はスカートのタイヤ痕を気にしている。
涼子が助手として働くようになったのは、3年前のことだ。
涼子は、叔父から父親を殺すとの予告状を持って、異能の事務所を訪ねた。めんどくさがり屋の異能は依頼を断ったのだが、肉体まで差し出そうとする純粋な(どこが?)涼子の熱心さに負けてしぶしぶ出動したものの、残念ながら涼子の父親は何者かに殺されてしまった桓武家殺人事件の後のことである。
ベロベロベロベロ・・・情けないエンジン音をあげながらスタジアム行きのバスがロータリーに入ってきた。
「お、来た来た。行くぞ涼子」異能がバスに乗り込んでICカードをかざした。
「だみだぁ・・・こごはまんだカード使えねえがら・・・」そう言ったのは、よぼよぼの老人のような見た目の運転手だった。
「え、使えないの? 涼子君、お金・・・」
「はいはい・・・」
「はやぐ乗ってケロ。すぐにでっぱつすっがら」
「え、でっぱつって・・・出発するってことですか? 今、来たばかりじゃないですか? ここは始発でしょ? 乗客を待たないのですか?」4回も?マークを使って異能は老人運転手に聞いた。老人運転手は聞こえないのかそのままバスを発車させた。
「うぎゃ・・・」異能と涼子は着席していなかったので、発車の勢いで非常口まで飛ばされてしまった。
「しっかし・・・先生、田舎ですねえ」涼子はまだミニスカートに残ったママチャリ装甲車のタイヤ痕をパンパンと払い落している。
「田舎だねえ・・・」異能は講談社文芸文庫の川崎長太郎の文庫本を読みながら上の空だ。断っておくが俺の空ではないぞ。
「ちっ・・・」涼子はスカートのタイヤ痕を気にしている。
涼子が助手として働くようになったのは、3年前のことだ。
涼子は、叔父から父親を殺すとの予告状を持って、異能の事務所を訪ねた。めんどくさがり屋の異能は依頼を断ったのだが、肉体まで差し出そうとする純粋な(どこが?)涼子の熱心さに負けてしぶしぶ出動したものの、残念ながら涼子の父親は何者かに殺されてしまった桓武家殺人事件の後のことである。
ベロベロベロベロ・・・情けないエンジン音をあげながらスタジアム行きのバスがロータリーに入ってきた。
「お、来た来た。行くぞ涼子」異能がバスに乗り込んでICカードをかざした。
「だみだぁ・・・こごはまんだカード使えねえがら・・・」そう言ったのは、よぼよぼの老人のような見た目の運転手だった。
「え、使えないの? 涼子君、お金・・・」
「はいはい・・・」
「はやぐ乗ってケロ。すぐにでっぱつすっがら」
「え、でっぱつって・・・出発するってことですか? 今、来たばかりじゃないですか? ここは始発でしょ? 乗客を待たないのですか?」4回も?マークを使って異能は老人運転手に聞いた。老人運転手は聞こえないのかそのままバスを発車させた。
「うぎゃ・・・」異能と涼子は着席していなかったので、発車の勢いで非常口まで飛ばされてしまった。
異能捕物帳1「窯ケ谷スタジアム投手消失事件」
登場人物地名など一切合切架空のものですが、詐欺ではありません。詐欺というのは・・・刑法第三十七章“詐欺及び恐喝の罪”「詐欺」第二四六条:人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。2.前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする・・・のことです。
第一章「異能、窯ケ谷へ」
C県窯ケ谷市の朝は早い。田舎だからだ。田舎といってもお百姓さんが沢山いるわけではない。田舎なれどもはぁ・・・都心に通う会社員のベッドタウンとなっているのであるのである。殺伐とした風景が広がる、なんとなく田舎な街なのだ。
そんな田舎に異能清春探偵が助手の桓武涼子を引き連れてやってきたのだった。上武小田線窯ケ谷駅に降り立った異能と涼子は改札を出ると横から前後に子供を搭載したママチャリ装甲車にぶつかりそうになって驚いた。実はママチャリ装甲車は涼子のスカートをかすっているのだが涼子は気づかない。
髪の毛を染めてどこからが顔なのか不明瞭に厚化粧したママチャリ母さんは涼子に向かって「チッ!」と舌打ちして時速20キロほどの自転車にしては高速スピードで走り去った。
「田舎だねえ・・・」異能が欠伸をすると、「先生っ!あたし今自転車に轢かれそうになったんですよ!のんびり欠伸なんかして・・・もう」涼子が黒のミニスカートに先ほどのママチャリ装甲車のタイヤ痕が付いているのを発見して「あの野郎っ!子供を乗せているくせに暴走族みたいな走り方しやがって。ここは自転車で走っちゃ駄目なとこじゃんか?」
「すみませんねえ・・・この街の人はモラルの欠片もないんで困ってるんですよ」涼子の大声に驚いた小栗旬似の若い男性駅員が事務所の窓から顔を出して涼子に詫びた。
「なにも駅員さんが謝らなくてもいいんですよ。しっかし・・・あんなのがゴロゴロしてるとしたらとんでもない街ですね」涼子が駅員に向かって愛想笑いをふりまくと・・・。
「何を言っているんだい? モラルがないのは、この街の人だけじゃなくて今や日本中同じじゃないか? 今さらそんなに目くじら立てて怒ることじゃないよ」異能が街の案内図を見ながら笑った。
「そりゃそうですけど・・・」涼子はスカートの自転車痕の乾いた泥をパンパンと払いながら駅員に愛想笑いをふりまいている。
「じゃ、お気をつけて」と言って駅員が事務所の窓を閉めた。
「はい、ありがとう」と言うと異能は駅の外に出てすたすたと歩いて行く。
「で、先生、窯ケ谷スタジアムってどこにあるの?」涼子は名残惜しそうに駅を見ながら異能に言った。
「ここからバスに乗るらしい」異能は駅前ロータリーの左側にあるバス停を指さした。
第一章「異能、窯ケ谷へ」
C県窯ケ谷市の朝は早い。田舎だからだ。田舎といってもお百姓さんが沢山いるわけではない。田舎なれどもはぁ・・・都心に通う会社員のベッドタウンとなっているのであるのである。殺伐とした風景が広がる、なんとなく田舎な街なのだ。
そんな田舎に異能清春探偵が助手の桓武涼子を引き連れてやってきたのだった。上武小田線窯ケ谷駅に降り立った異能と涼子は改札を出ると横から前後に子供を搭載したママチャリ装甲車にぶつかりそうになって驚いた。実はママチャリ装甲車は涼子のスカートをかすっているのだが涼子は気づかない。
髪の毛を染めてどこからが顔なのか不明瞭に厚化粧したママチャリ母さんは涼子に向かって「チッ!」と舌打ちして時速20キロほどの自転車にしては高速スピードで走り去った。
「田舎だねえ・・・」異能が欠伸をすると、「先生っ!あたし今自転車に轢かれそうになったんですよ!のんびり欠伸なんかして・・・もう」涼子が黒のミニスカートに先ほどのママチャリ装甲車のタイヤ痕が付いているのを発見して「あの野郎っ!子供を乗せているくせに暴走族みたいな走り方しやがって。ここは自転車で走っちゃ駄目なとこじゃんか?」
「すみませんねえ・・・この街の人はモラルの欠片もないんで困ってるんですよ」涼子の大声に驚いた小栗旬似の若い男性駅員が事務所の窓から顔を出して涼子に詫びた。
「なにも駅員さんが謝らなくてもいいんですよ。しっかし・・・あんなのがゴロゴロしてるとしたらとんでもない街ですね」涼子が駅員に向かって愛想笑いをふりまくと・・・。
「何を言っているんだい? モラルがないのは、この街の人だけじゃなくて今や日本中同じじゃないか? 今さらそんなに目くじら立てて怒ることじゃないよ」異能が街の案内図を見ながら笑った。
「そりゃそうですけど・・・」涼子はスカートの自転車痕の乾いた泥をパンパンと払いながら駅員に愛想笑いをふりまいている。
「じゃ、お気をつけて」と言って駅員が事務所の窓を閉めた。
「はい、ありがとう」と言うと異能は駅の外に出てすたすたと歩いて行く。
「で、先生、窯ケ谷スタジアムってどこにあるの?」涼子は名残惜しそうに駅を見ながら異能に言った。
「ここからバスに乗るらしい」異能は駅前ロータリーの左側にあるバス停を指さした。
斎藤祐樹投手に沸く鎌ケ谷の街
斎藤祐樹投手が鎌ケ谷市の日本ハムファイターズスタジアムに併設する新人寮に入寮したら、鎌ケ谷市内は大変なことになった。どうせ、斎藤祐樹投手は来月には鎌ケ谷市を去って行くので、マスコミも斎藤ファンらしき人たちも今月だけ騒いでは飽きる・・・という短期間一過性のものだろうが、それにしても斎藤効果は凄い。
昨日の斎藤投手の挨拶が行われるというから11,000人も、この千葉の田舎町に集合したのだ。だけど、騙されてはいけない。テレビ放送では「鎌ケ谷と言えば鎌ケ谷大仏」とばかりにミニ大仏を面白がって報道しますが、鎌ケ谷大仏からファイターズスタジアムまでは遠く、車を使わないと大変なことになりますよ。それに放送される飲食店のうち1件はスタジアムからも鎌ケ谷中心地からも遠いですからね(笑)。
最寄駅は東武野田線の鎌ケ谷駅だが、ここからスタジアムまでは遠いのです。駅前ロータリーから出ているスタジアム行きのバスに乗車して市川方向に進んで5分ほどで到着する。スタジアムの場所は、ギリギリ鎌ケ谷市だが、地図でみると市川市みたいなイメージだ。鎌ケ谷市の中心地からは結構離れているのだ。
下記は昨日撮影した鎌ケ谷市内の様子だ。
昨日の斎藤投手の挨拶が行われるというから11,000人も、この千葉の田舎町に集合したのだ。だけど、騙されてはいけない。テレビ放送では「鎌ケ谷と言えば鎌ケ谷大仏」とばかりにミニ大仏を面白がって報道しますが、鎌ケ谷大仏からファイターズスタジアムまでは遠く、車を使わないと大変なことになりますよ。それに放送される飲食店のうち1件はスタジアムからも鎌ケ谷中心地からも遠いですからね(笑)。
最寄駅は東武野田線の鎌ケ谷駅だが、ここからスタジアムまでは遠いのです。駅前ロータリーから出ているスタジアム行きのバスに乗車して市川方向に進んで5分ほどで到着する。スタジアムの場所は、ギリギリ鎌ケ谷市だが、地図でみると市川市みたいなイメージだ。鎌ケ谷市の中心地からは結構離れているのだ。
下記は昨日撮影した鎌ケ谷市内の様子だ。
千葉県鎌ケ谷市のこと
千葉県鎌ケ谷市は北総台地の上に位置する総面積21.11平方キロメートルの街です。少し前までは沢山の林や梨畑などに囲まれたどこか牧歌的な風景が広がっていましたが、最近では新京成線、北総線、東武野田線が交差する新鎌ケ谷駅周辺は再開発が進められて、「新都市」として成長し始めています。急激な発展は少し異様に思えるほどです。
その中で、たくさんの道祖神や庚申塚や遺跡など江戸時代に宿場町として賑やかだったころの昔ながらの風情は残っており、なんだかミスマッチな街の風景は僕の心を楽しませてくれます。
写真は(うまくつながっていませんが・・・)右(上)の建物から市役所、ジャスコ、東横イン(まだオープンしてません)、サイバーっていう巨大なパチンコ施設、東武野田線高架・・・ここら辺り一帯は少し前まで建物も道路も何もない野原だったのです。
平和荘奇談 2 「夏の予感(昭和51年5月)」
昭和51年5月 群馬県伊勢崎市連取本町の「平和荘」
僕は平和荘の階段をわざとバタバタと大きな足音をたてて上りきると本多や川辺の部屋に向かって「あらぁ・・・ここって女子のアパートじゃないんだぁ・・・」「うそっお!キャハハッハハ・・・!」「キャハハ」と複数の女の子の声色を使って叫んで、また階段をバタバタと降りて階段下で耳をすましてしばらく様子を伺った。
するとガラガラ・・・バタンと部屋の戸が開く音がして、「おうおう・・・川辺ぇ、今、女の声がしたっぺよぅ」「おおっ・・・そうだよな」と本多と川辺の声が聞こえたので、僕は苦笑しながら階段を上って二人を見て笑った。
本多は僕の顔を見るや「おい、ワタナベ、今、階段を女が降りで行ったっぺよぉ?」と、いかにも色呆けの顔をして言った。僕は「え、そんな女見なかったよ」ととぼけると、「おかしいなあ」と本多と川辺が顔を見合わせて首をひねる。
僕はとうとう我慢できなくなって「ぎゃははは・・・今のは俺だよ、ばっかだなあ・・・」と腹を抱えて笑うと、「だって・・・女の声だったぞ」「だからこうやって・・・うっそお!キャハハハ・・・って声色を使ったんだよ」「げ、本当だ・・・その声だ、こんのやろう・・・気持ち悪りいなぁ・・・」と本多が僕の首に右腕をひっかけてぎりぎりと絞めた。
「げっげ・・・ぎゃはは、や、やめろう・・・」「こんにゃろーーーーー!」「本多ぁ俺にもやらせろ、絞めさせろ・・・」それでも本多が僕の首を離さないので、川辺は仕方なく僕の頭を冗談で軽くこづいた。
「ぎゃはははは!」「はははっ・・・」「やめろってば・・・」やっと本多の羽交い絞めから脱すると「女の声なんか出しやがって・・・気持ち悪りいんだよ」「本物だと思ったんだろ? 少しは夢を与えてやろうと思ったんだよ」「本多は女に飢えてるからなぁ・・・けへへ」と川辺が笑うと「なんだとこのやろっ!」
本多の羽交い絞めの矛先が川辺に向けられたのを確認して僕は自分の部屋に入って顔を洗った。
ジャバッ!と勢いよく蛇口から飛び出してきた水は生温くて手や脂っぽい顔にまとわり付くようでなんだか不快だった。
「今年の夏は暑いんだろうなぁ・・・」僕の手に絡みついた水はタイル張りの流しの排水口に吸い込まれていく。
僕は平和荘の階段をわざとバタバタと大きな足音をたてて上りきると本多や川辺の部屋に向かって「あらぁ・・・ここって女子のアパートじゃないんだぁ・・・」「うそっお!キャハハッハハ・・・!」「キャハハ」と複数の女の子の声色を使って叫んで、また階段をバタバタと降りて階段下で耳をすましてしばらく様子を伺った。
するとガラガラ・・・バタンと部屋の戸が開く音がして、「おうおう・・・川辺ぇ、今、女の声がしたっぺよぅ」「おおっ・・・そうだよな」と本多と川辺の声が聞こえたので、僕は苦笑しながら階段を上って二人を見て笑った。
本多は僕の顔を見るや「おい、ワタナベ、今、階段を女が降りで行ったっぺよぉ?」と、いかにも色呆けの顔をして言った。僕は「え、そんな女見なかったよ」ととぼけると、「おかしいなあ」と本多と川辺が顔を見合わせて首をひねる。
僕はとうとう我慢できなくなって「ぎゃははは・・・今のは俺だよ、ばっかだなあ・・・」と腹を抱えて笑うと、「だって・・・女の声だったぞ」「だからこうやって・・・うっそお!キャハハハ・・・って声色を使ったんだよ」「げ、本当だ・・・その声だ、こんのやろう・・・気持ち悪りいなぁ・・・」と本多が僕の首に右腕をひっかけてぎりぎりと絞めた。
「げっげ・・・ぎゃはは、や、やめろう・・・」「こんにゃろーーーーー!」「本多ぁ俺にもやらせろ、絞めさせろ・・・」それでも本多が僕の首を離さないので、川辺は仕方なく僕の頭を冗談で軽くこづいた。
「ぎゃはははは!」「はははっ・・・」「やめろってば・・・」やっと本多の羽交い絞めから脱すると「女の声なんか出しやがって・・・気持ち悪りいんだよ」「本物だと思ったんだろ? 少しは夢を与えてやろうと思ったんだよ」「本多は女に飢えてるからなぁ・・・けへへ」と川辺が笑うと「なんだとこのやろっ!」
本多の羽交い絞めの矛先が川辺に向けられたのを確認して僕は自分の部屋に入って顔を洗った。
ジャバッ!と勢いよく蛇口から飛び出してきた水は生温くて手や脂っぽい顔にまとわり付くようでなんだか不快だった。
「今年の夏は暑いんだろうなぁ・・・」僕の手に絡みついた水はタイル張りの流しの排水口に吸い込まれていく。
平和荘奇談 1 「りんごの歌(昭和50年11月)」
昭和50年11月 群馬県伊勢崎市の銭湯「広瀬川温泉」
ガラガラガラ・・・バタァンッ!と銭湯の引き戸が乱暴に閉められる。
「あぁかぁいぃ・・・りぃんごぅにぃ、くちびぃるぅよぅせぇてぇ・・・」
いつものようにその歌声が銭湯の中にこだますると、異様に背の大きな坊主頭の少年がバチャバチャバチャと洗い場を湯船に向かって走っていく。
ザバァッ!とお湯が割れて湯船からお湯があふれ出る音がする。
「おいおい・・・」と頭にタオルを乗せて湯船に浸かっていたお爺さんが呆れて湯船からあがってくる。いつものことなのだ。彼は近所でも有名な“知恵遅れ”で、うるさいだけで害のない少年だった。
僕は肩まで伸びた長い髪の毛を洗いながら、チラチラと少年の行動を見ている。
「あぁかぁいぃ・・・りぃんごぅにぃ、くちびぃるぅよぅせぇてぇ・・・だぁまぁあってみている・・・あぁおぅいぃそぅらぁ・・・。りぃんごはぁなぁんにぃもいわぁないぃぃけれどぅ、りぃんごぅぅのぉおのきぃもぅちぃはぁよおくぅわぁかぁるぅぅぅ」
「うふふふ・・・あぁかぁぁいぃぃ・・・か、美空ひばりの歌だっけ・・・(並木路子だって)」僕は、お湯の蛇口を目いっぱいにして洗面器にお湯を溜めると、洗い終わったシャンプーを洗い流した。
「あぁかぁいぃ・・・りぃんごぅにぃ、くちびぃるぅよぅせぇてぇ・・・だぁまぁあってみている・・・あぁおぅいぃそぅらぁ・・・」少年はまだ歌っている。
僕は何度も洗面器にお湯を溜めて髪の毛のシャンプーを全部洗い流すと、タオルを絞って股間を隠しながら湯船に向かって歩いた。すると少年は凄い勢いで湯船からあがって、またバチャバチャと走ったかと思うと、ガラガラガラ・・・バッターーーン!と出て行ってしまった。
「やれやれ・・・」身体を手ぬぐいでごしごしと洗っていたお爺さんがため息をついた。
僕は湯船のお湯に片手を突っ込んで湯温を確かめてみた。「あちいっ!」熱かった。このままでは湯船に浸かれない・・・。「ふう・・・」と数人のお爺さんたちが気持ちよさそうに湯に浸かっている。
「すいません・・・ちょっとだけ水入れますよ・・・」僕は湯船に浸かる老人たちに声をかけると「しょうがねえなあ・・・」「いいよ」「おう・・・」と返事が返ってきたので湯船の横の水蛇口をひねって水を入れて熱いお湯をうめた。ドボドボドボドボ・・・。冷たい水が混じって熱いお湯が一気に冷めるような音がする。
しばらくしてから蛇口を止めた。まだお湯は熱いが・・・仕方がない。ゆっくりと右足から湯船に入る。「あつうっつつつううううう・・・」みるみる湯船に浸かっていく部分から紅く色が変わっていく。ようやく肩まで浸かることができたが動けない。
湯船は深いのだが、湯船の入り口には腰掛けられる段差がある。そこに腰掛けて落ち着きたいのだが、そういう場所には必ずお爺さんたちが腰掛けて占有している。熱さにぶるぶる震えて(不思議と熱くても震えてしまう)我慢しながら腰掛けられる場所が空くのを待つ。
空いた・・・。「利根の川風ぇーーーー・・・」とかなんとか濁声を発しながらひとりのお爺さんが腰掛けていた場所から離れて湯船から出た。
僕は、そおっと中腰のままその場所目指して湯船の中を移動する。しかし少し動くと肌を刺すような痛みがある。のんきに鼻歌を歌いながらタオルをザバザバと湯船に入れたり絞ったりしている老人たちの皮膚感覚が理解できない。
ようやく腰掛けられるところに到達すると湯面から胸まで出すことができた。まだお湯に浸かっている下半身が熱いが、動かさなければ大丈夫だ。ほっとため息をつく。
「あっかぃいいいりんごぉにぃ・・・くちびぃるよせてぇ・・・」僕も思わず鼻歌が出た。
ガラガラガラ・・・バタァンッ!と銭湯の引き戸が乱暴に閉められる。
「あぁかぁいぃ・・・りぃんごぅにぃ、くちびぃるぅよぅせぇてぇ・・・」
いつものようにその歌声が銭湯の中にこだますると、異様に背の大きな坊主頭の少年がバチャバチャバチャと洗い場を湯船に向かって走っていく。
ザバァッ!とお湯が割れて湯船からお湯があふれ出る音がする。
「おいおい・・・」と頭にタオルを乗せて湯船に浸かっていたお爺さんが呆れて湯船からあがってくる。いつものことなのだ。彼は近所でも有名な“知恵遅れ”で、うるさいだけで害のない少年だった。
僕は肩まで伸びた長い髪の毛を洗いながら、チラチラと少年の行動を見ている。
「あぁかぁいぃ・・・りぃんごぅにぃ、くちびぃるぅよぅせぇてぇ・・・だぁまぁあってみている・・・あぁおぅいぃそぅらぁ・・・。りぃんごはぁなぁんにぃもいわぁないぃぃけれどぅ、りぃんごぅぅのぉおのきぃもぅちぃはぁよおくぅわぁかぁるぅぅぅ」
「うふふふ・・・あぁかぁぁいぃぃ・・・か、美空ひばりの歌だっけ・・・(並木路子だって)」僕は、お湯の蛇口を目いっぱいにして洗面器にお湯を溜めると、洗い終わったシャンプーを洗い流した。
「あぁかぁいぃ・・・りぃんごぅにぃ、くちびぃるぅよぅせぇてぇ・・・だぁまぁあってみている・・・あぁおぅいぃそぅらぁ・・・」少年はまだ歌っている。
僕は何度も洗面器にお湯を溜めて髪の毛のシャンプーを全部洗い流すと、タオルを絞って股間を隠しながら湯船に向かって歩いた。すると少年は凄い勢いで湯船からあがって、またバチャバチャと走ったかと思うと、ガラガラガラ・・・バッターーーン!と出て行ってしまった。
「やれやれ・・・」身体を手ぬぐいでごしごしと洗っていたお爺さんがため息をついた。
僕は湯船のお湯に片手を突っ込んで湯温を確かめてみた。「あちいっ!」熱かった。このままでは湯船に浸かれない・・・。「ふう・・・」と数人のお爺さんたちが気持ちよさそうに湯に浸かっている。
「すいません・・・ちょっとだけ水入れますよ・・・」僕は湯船に浸かる老人たちに声をかけると「しょうがねえなあ・・・」「いいよ」「おう・・・」と返事が返ってきたので湯船の横の水蛇口をひねって水を入れて熱いお湯をうめた。ドボドボドボドボ・・・。冷たい水が混じって熱いお湯が一気に冷めるような音がする。
しばらくしてから蛇口を止めた。まだお湯は熱いが・・・仕方がない。ゆっくりと右足から湯船に入る。「あつうっつつつううううう・・・」みるみる湯船に浸かっていく部分から紅く色が変わっていく。ようやく肩まで浸かることができたが動けない。
湯船は深いのだが、湯船の入り口には腰掛けられる段差がある。そこに腰掛けて落ち着きたいのだが、そういう場所には必ずお爺さんたちが腰掛けて占有している。熱さにぶるぶる震えて(不思議と熱くても震えてしまう)我慢しながら腰掛けられる場所が空くのを待つ。
空いた・・・。「利根の川風ぇーーーー・・・」とかなんとか濁声を発しながらひとりのお爺さんが腰掛けていた場所から離れて湯船から出た。
僕は、そおっと中腰のままその場所目指して湯船の中を移動する。しかし少し動くと肌を刺すような痛みがある。のんきに鼻歌を歌いながらタオルをザバザバと湯船に入れたり絞ったりしている老人たちの皮膚感覚が理解できない。
ようやく腰掛けられるところに到達すると湯面から胸まで出すことができた。まだお湯に浸かっている下半身が熱いが、動かさなければ大丈夫だ。ほっとため息をつく。
「あっかぃいいいりんごぉにぃ・・・くちびぃるよせてぇ・・・」僕も思わず鼻歌が出た。