ここザルツブルクは岩塩で繁栄した街とご紹介しましたが、塩というのは世界的に見ても生産地が限定され、時代によっては『金』と同価値の商品として取引されたり、貴重な財源として『お金そのもの』として取り扱われていたこともあるそう・・・。ちょっと調べてみたら、古代ローマ時代には兵士へのお給料として塩が支払われていた為、
『サラリー(お給料)』の語源は、
ラテン語の『サールまたはサラリウム(塩)』
そして
『ソルジャー(兵士)』の語源は、
『ソルト(塩)』
とのこと。塩をかけるという由来から、『サラダ』もラテン語の『サール(塩)』が語源のようです。英語の『ソルト』ももちろんラテン語の『サール』が派生したもの。面白い!ということで、ザルツブルクはまさに金鉱のような街で、大きな繁栄を果たしていました。
さすが2月!さすがアルプスの麓!
聖ヴォルフガングに因んで名付けられた、
ヴォルフガング湖畔も走ります。
僕は19歳の時に新国立劇場中劇場にてオペレッタ『白馬亭にて』という作品に出演しているのですが、なんとそのモチーフとなった老舗高級リゾートホテル『白馬亭』は、このヴォルフガング湖畔に現存しているので、是非訪れてみたかったのです!バートイシュルの後、夕方に立ち寄ります!(上記写真の対岸あたり)
そして・・・
バートイシュル駅(鉄道&バス)に到着(^o^)
駅の売店にも、
フランツとシシィのポストカードが☆
↓街のいたるところにフランツとシシィ。
ここにも発見!
フランツ・ヨーゼフ通り!
当時と同じ、午前の大快晴!
聖ニコラス教会には、
作曲家ブルックナーのプレートが!
すぐ近くのカフェにも、
作曲家ヨハン・シュトラウスのプレート。
すぐ隣には、オペレッタ『白馬亭にて』の楽曲の五線譜プレート!
これは僕の2作目のオペレッタ出演作品。
まさに、この五線譜↑の曲を歌っていました!
曲名は・・・・『世界は空色!』
他にも、ブラームスもこの地に所縁があったり、特にオペレッタ『メリーウィドウ』の作曲家フランツ・レハールは、1912年から亡くなる1948年まで、晩年の36年間をここバートイシュルで過ごし、ここで没したそうです。お墓もこの地にあり、別荘のレハールヴィラは今でも一般公開されています。
夏には大に賑いになるであろう、アルプスの山々と野外プール(ウォータースライダーまで)
そして、
この街で一番の皇帝スポットへ・・・
イシュル川を渡ります。(この日が悪天候のあとだったのでだいぶ濁っていますが、本来はアルプスの麓らしくとても透き通った水質だそうです。)
そしてカイザーパークを抜け・・・
ついに到着!!!
皇帝フランツ・ヨーゼフの、
カイザー・ヴィラ!(皇帝別荘)
フランツの最大の趣味は『狩猟』。当時狩猟は貴族のたしなみでもあったそうですが、特にフランツは心の底から狩りを愛していたそうです。
ここバートイシュルは大自然に囲まれ、狩猟には打って付けの場所ということで、フランツは大のお気に入りでした。正面入り口には、そんなことを思わせる鹿の彫刻たちが。
しかし・・・・
中に入ってびっくり仰天!!!
壁一面、鹿の角が大量に!!!
尋常じゃない数です。
スタッフに伺うと、なんとこれらは全て『フランツ本人』が仕留めた獲物だそうです。バートイシュルだけでなく、他の土地で仕留めたものもあるそうですが、本当にものすごい数!ここはエントランスなので、あくまで一部中の一部だそう。
ここカイザーヴィラの中には、この他に約2000頭の剥製や角などが展示されていました!本当に凄まじい空間。
カイザーパークにもカイザーヴィラ内にも、いたるところに猟銃をもったフランツ像があったので、ちょっと再現(笑)
なんとフランツは生涯にわたり、約5万4000頭(!)もの獲物を仕留めているそうで、他の歴代皇帝などは『つり堀』のようにあらかじめ家来に用意された獲物を、家来達を伴ってある決まったエリアで狩猟を嗜んでいたそうですが、フランツはなんとたった一人で山や森を行動し、用意された獲物ではなく、『リアルな狩猟』を好んでいたそうです。ここには鹿やイノシシの剥製のみでしたが、中にはありとあらゆる仕留めた動物の剥製が大量にありました。
この時期のカイザーヴィラは1時間おきにガイドさんによる見学ツアーがあるのですが、次のツアーまで数十分時間があったので、それまでカイザーパークを散策。
カイザーヴィラから徒歩3〜5分ほどの丘の上に見えるのは、フランツがエリザベートの為に贈った『大理石の古城』。別名『シシィのティールーム』や、『シシィの写真館』などと呼ばれているそうです。
もちろん行ってきました!
当時シシィはここでお茶をしたり、
趣味の写真集め・整理をしていたそうです。
大理石の古城にあるテラスです。
奥に噴水のエリアがあります。
そして、そのテラスから見た、
フランツがいるカイザーヴィラを見下ろしたところ。
あそこにはフランツがいます。
この角度、この景色、
これをどんな想いでシシィは見ていたのでしょう・・・
ちなみに、カイザーヴィラは本来の普通の建物の形から、フランツの強い要望で増改築を加え、真上から見たらエリザベートにちなんだ『E』の形になるように形を変更されました。地図をみたりすると確かに建物は『E』の形になっていて、エリザベートへの愛が感じられます・・・・(/ _ ; )
それにしても大自然や綺麗な空気に囲まれ、
本当に気持ちが良い場所!
まさにサウンドオブミュージックの、
『全ての山に登れ』の山々です!
そんな時に奇跡が!
近くにいた老夫婦がこう言いました、
『鹿だわ〜!!!!』
バートイシュルで野生の鹿を見ることが出来て大感動!フランツもシシィも、こんな風に鹿を見つけていたのでしょうか。
さて!
カイザーヴィラに戻りました!
1時間まえのツアーでは15人以上お客さんがいたのに、なんと僕の回は他にお客さんがいませんでした!ツアーガイドのご婦人から日本語のガイドペーパーを受け取り・・・
まさかのガイドさんとマンツーマンで見学開始。
中は一切撮影禁止なので、ここでレポートは出来ませんが、この中には多くの展示品があり、1914年に第一次世界大戦の宣戦布告文にフランツが署名をした、まさに歴史を動かした執務室がそのままの状態であったり、フランツはもちろん、シシィやその子供達の遺品も数多く展示されていました。
そして、途中まで比較的静かだったご婦人のガイドさんが、『何故あなたはここに来たの?』と聞いてきたので、簡単に理由を説明してスマートフォンでフランツに扮装した自分の写真を見せたら、目の色が劇的に変わり、急にとても優しくしてくれました!!!
そしてなんと、執務室でフランツが実際に長年愛用していた赤い1人用革ソファ(本物)を指差し、『あなたはここに座る資格があるから座りなさい!』と・・・・!!!!
この革ソファはかなり年期が入っていて、何より感動なのは、明らかにフランツが長年座っていた跡が残っているのです!座ったお尻の跡、背もたれの跡、頭部を支えた跡、肘掛に置いた手の跡。今もくっきりと人型・シミが残っていて、そこだけ黒ずんでいるのです。ガイドさん曰く、これが皇帝のDNAとのこと・・・。一度恐縮したら、私が責任者だから大丈夫!と・・・恐る恐る座らせていただたくと・・・なんとガイドさん自らが特別にソファに座る僕の写真を撮ってくれました!!!ここで写真の公開は出来ませんが・・・家宝にします(>_<)
その後、世間話で声楽を学んでいたことを告げると、またまたガイドさんの目の色が変わり、『私の息子も声楽家なのよ!』との返事が!まだ20歳くらいの学生で、声の低いバス歌手だそう。ガイドさんがスマートフォンで動画サイトを開き、自分の息子がシューベルトの歌曲を歌っている映像を僕に見せてくれました。感動!
その後も丁寧にフランツのことを教えていただき、フランツは80歳を超えても肉眼でハンティングをしていたことや、エリザベートの身長が173センチに対し、フランツが168センチだったことから、2人が立って並んで写真を撮ることは殆どなく、全ての肖像画はシシィに対してフランツが大きく描かれている(当時、肖像画は写真の変わりだった為、モデルから画家へのリクエストが非常に反映されていました。特にシシィは肖像画家に対して過度なリクエストが多いことで有名だったようです。もしシシィが現代に生きていたら、きっと写真を加工しまくっていたかも?)などなど、興味深い話も聞けました。
そして、このあとヴォルフガング湖畔にある『白馬亭』を見学しに行くことを告げると、また『何故?』と質問して下さったので、僕が十代の時にそのオペレッタに出演したことを告げると、さらに目が輝き、そのオペレッタやその作曲家についても、止まらないほど沢山話してくれました(ガイドさんはドイツ語なので全部は理解できませんでしたが・・・とにかく盛り上がりました笑)
そしてそしてなんと、『私はカイザーヴィラでの仕事が夕方4時に終わるから、もしよければ『白馬亭にて』の作曲家、ラルフ・ベナツキーの家まで、私が車であなたを連れて行って案内してあげるわ!』とのお誘いが・・・・!!!
これは凄い展開!出逢いに感謝!!と思いましたが、この日はザルツブルクのホテルに帰らねばならず、お誘いに甘えると帰りのバスがなくなってしまうことに気づき・・・泣く泣くお断りすることに・・・・(T_T)
沢山話してすっかり親しくなり、最後に記念写真を〜と、ガイドさんと一緒に受付で写真を撮りました。
撮影後、『あの・・・お名前は・・・?』
と聞いたら、
こんな衝撃的なお返事が返ってきました・・・・
『私の名前はエリザベートよ(^_-)』
えーーーーーー!!!!!!!
確かに、ウィーンの街中でも、母親が小さな娘に『こら!エリザベート!』みたいな風景が見られ、今でもエリザベートという名前の人はウィーンに沢山いるのですが、まさかこんなにも親切にしてくださり、こんなにも仲良くなったこの方のお名前が、エリザベートだなんて(>_<)
驚きと感動と感謝を述べ、
僕はカイザーヴィラを後にしました。
これはあとでよくよく考えてみたのですが・・・
このカイザーヴィラはフランツとエリザベートの末っ子三女、マリー・ヴァレリー(皇太子ルドルフの妹)が相続し、今もその末裔が管理しています。(というか今もその内の数名はここに住んでいるらしい)
そして、お土産やさんで資料を色々見ていたら、このガイドさんがバートイシュルの歴史本を開いて見せてくれた時に、これが私が住んでいる家よ、と、素敵なページをチラ見せしてくれたのです・・・その時は綺麗ですねー!と会話しただけですが、今考えたら一般市民の家の写真が、この街の歴史本に載っているわけがないわけで・・・・
も、もしかしたら・・・あのエリザベートさんは・・・マリー・ヴァレリーの末裔だったのでは・・・?と、ということは、あの皇帝フランツとあの皇后エリザベートの末裔だったのでは・・・それとも粋なリップサービスだったのか・・・夢と希望は膨らみました。真相やいかに・・・(^_-)
再びバートイシュルの街並みへ。
本屋にももちろん皇帝夫妻本。
かなり歩き回ったので、カフェで休憩!
作曲家レハールに因んだ、
レハール・トルテとカプチーノを注文。
これまた、座ったテーブルでも驚き!
振り返ったら皇太子ルドルフ!!!!
しかもこの日の服装や髪の色合いが似ていた(笑)
この街にはまだまだ見所があり、先ほども記しましたがエリザベートとフランツが実際にお見合いした場所は、当時はゾフィ夫婦が所有する川沿いの持ち家(カイザーヴィラとは異なります)で、のちに『オーストリアホテル』という名前のホテルとなり、現在はバートイシュル市立博物館となっています。近くに『ゾフィーの散歩道』と名付けられた場所もあり、他にも皇室御用達のカフェやお店も多く、もっともっとゆっくり滞在したかった・・・。
いつかまたバートイシュルを訪ねる際は、ザルツブルクからの日帰りではなくこの街のホテルをとってゆっくり過ごしたいと思います!劇場もありオペレッタ・フェスティバル、有名なレハール音楽祭なども盛んなので、コンサートや舞台も是非堪能してみたい!
まだまだ名残惜しいですが、
再びバスに乗り、ヴォルフガング湖畔を目指します!
今回はかなり長くなってしまったので、
初の前半・後半にわけることにしました(笑)
フランツ・ヨーゼフ紀行⑤日目 に続く・・・