ただ今、GW真っ最中ですね。


ただし、我が家はカレンダーの赤色の日が休みです。


3~6日は連日がお休みですから、今から楽しみです。(^∇^)


 海外旅行も台湾などは前年よりも多い方が出掛けるようですが、


もう少し日数や費用がかさむ旅行先は前年よりは出掛ける方が


減っているそうです。


 我が家は今月の初旬に主人の代休がたまっていたので、


お休みをまとめて頂きまして、二泊三日で伊勢神宮へ


参拝してきました。


 朝の8時過ぎに内宮に参拝出来たので、静寂の中で


お参り出来ました。


朝のお伊勢さんは本当に神々しくて良かったですよ。







 昨日に続いて今日も午後から雨です。


雨はいろいろな物を洗い流してくれるから


ありがたいですし、作物には恵みの雨です。


しかし、私は雨降りの日は気分が下がり気味になります。


自転車で走り回れないからです。


カッパ゚を着れば良いのですが、カッパを着ると


結構視界が狭まって、危ないですよね。


 まあ、春ですから。あまり気分を落ち込ませない様にしますね。


こちらでは桜の開花宣言も数日前にありました。


 そんな春の日、昨日、実父がお陰さまで無事に退院しました。


なんと!!父は杖を使わなくても歩けるようになりました。


リハビリ病院の作業療法士の方や看護師さんなど皆さんの


お陰です。もちろん父も頑張りました。


 父はこの3月で84歳になりました。


誕生日を祝う時間もなくて、申し訳ないのですが・・・・・


 昨日に父はリハビリ病院からグループホームへ移りました。


グループホームはユニット型個室です。


父の部屋はゆったりとしていて十分に広いです。


ベットとエアコンと洗面がついています。


そこに、チェストとテレビと簡単なハンガーかけを用意して


部屋に持ち込みました。


飾りこそまだありませんが、立派な個室が出来ました。


 私が代わりに住みたいようなスペースですよ。


父の見守りが同居の兄が仕事があるので出来ません。


父の子供は娘が私の他にもう一人おりますが、他県に


嫁いでいます。子供もおります。


 私も住まいは同県ですが車で約1時間の所に住んでいるし


家庭がありますのでなかなか父の見守りは難しいです。


それで、在宅介護がベストは分かっていますが、


兄妹で相談して、家庭の環境に近いグループホームに入所


してもらう事になりました。


 父は割とすんなり子供の話を受け入れてくれました。


しかし、自宅ではないので、父がこの生活になれるか


どうかが気がかりです。


スタッフの方々も優しい感じで良かったです。


 また、父に会いに行きます。


取り合えず昨日(26日)に父の居場所が決まって、


私はほっとしています。(^∇^)

 昨日は春らしい温かな日でした。


しかしこちらは太平洋側であり、港があります。


風が強く吹いていましたよ。


私はバスの中から信号機が大きく揺れているのを


見て、驚きました。


バスから降りて歩けば髪は乱れるし寒いし、


なんだか温かいのだか寒いのかが分からない。


そんな、不思議な天気の日でした。


 

 風邪が悪化して、いつもの美声?がハスキーボイスです。


「咽頭炎」だと診断されました。(笑い)


だって、食事の時に喉を通過する食べ物が、


通過するたびに痛みを伴うなんて!!!


私にとっては食べ物は大切な物ですし、食事の時間は毎回


楽しみなんですが、喉が食べ物が通過するたびに


「痛み」を伴うのが、痛いしつらいしね。

ガーン

 抗生物質を処方されので、薬を飲んで早く健康に


なりたいです。



昨日は「春になったかな!!」と思いましたが、朝晩は寒かったですね。


私は昨日の朝は手袋をして自転車に乗りました。 m(。!<)m


 こちらの〇〇県の東部では、今は「河津桜」が満開です。


私は東部に引っ越ししてから残念ながら、「河津」には遊びに行っていませ


んが、私の住む町にも「河津桜」がありました。


狩野川の〇〇〇橋のたもとにそれがあります。


今を盛りに咲いていて、とても美しいです。


 昨日は散歩していてこの「河津桜」を見ました。春を感じて楽しかったです。


春は花粉が舞うけど私はやっぱり大好きな季節です。


             



Spring is coming / Takashi(aes256)


     (画像を引用させて頂きました)

 だいぶ春めいてきましたね。


でも、今朝は強風でこちら東海地方も強い風が朝から吹いています。


春はもうそこまできていて、「河津桜」(静岡県東部地方)が今は満開


だそうです。私はTVでしかまだ、満開の桜と菜の花を見ていませんが、


いつかきっと見に行きたいです。


 そんな早春の今、今日は私の亡き母の命日です。


一人でいると難病との戦いの日々(母本人はもちろん患者の家族の日々)


が、ひとつひとつ思いだされます。


先日の2日に内輪で静かに母の一周忌を執り行いました。


残念ながら、父は大腿骨骨折を1月にして、今はリハビリ病院に入院中


のために、読経を一緒に聞くことは出来ませんでした。


認知症の症状が悪化してきた父は、母の一周忌の事も家族に


尋ねることもなく、リハビリに精を出しています。


 父の見舞いはいつも「早く帰れ」と父に言われます。


昔から話しが苦手な父は息子や娘や孫娘が病室に見舞いに来ても


TVを早く見たいので、このように家族に言うのでしょうね。


TVが定年後の唯一の父の楽しみです。だから今はそれが顕著になって


います。仕方がありませんね。


 1周忌を執り行った菩提寺の庭の白と赤の梅が満開でした。


残念ながら2日は朝からの雨で梅も寒そうでした。


お寺には住職さんやお寺の奥さん達以外はいなくて、


達家族しかお墓参りをする者はありませんでした。


雨の中で、私も母の最期を思い出して自然と涙がこぼれました。


ALSという難病は進行が早くて、お医者様も看護師さんも家族も


母の進行に合わせてバタバタと看護するのが精いっぱいでした。


最期には肺も心臓も筋肉で出来ているから、その臓器が動かなく


なり母は静かに亡くなったそうです。


私は母の最期には駆けつけましたが、「病院から30分圏内にい


ない方は間に合わないだろう」と事前にお医者様に言われてい


ましたから、私も覚悟はしていましたが、やっぱり間に合いません


でした。


 あれから1年経ちました。月日が流れるのは早いものですね。


母の次は父の介護の日々でしたし、私も気力体力が尽きて


母の死後から半年は病気になりました。


父の介護は兄にお願いして、やっと自分の元気を取り戻して


今年になりやっと普通の生活が出来るようになりました。


そして母の一周忌を無事に済ませることが出来ました。


母の遺品も全部ではありませんが整理しました。


母は趣味が編み物でした。母が編んだ家族のセーターなどは


捨てる事は出来ません。これからもずっと着たいと思っています。


そしてみんなで分けた遺品は私の側にずっと置いておきます。


母のネックレスは懐かしいから私が使わせてもらいます。


 おかあさん、ありがとう。




 お陰さまで実父の大腿骨骨折の手術も先月に


無事に終わりました。


今は手術して頂いた病院で手術の翌日から


リハビリをしています。


それも11日には退院となります。


 すぐにリハビリ病院に転院させたいのですが、


残念ながらすぐには入院出来ませんでした。


老健さんでショートステイをさせて頂きます。


その後にリハビリ病院へ転院という運びとなりました。


 さあ、どうでしょうか?


父は退院したらもう自宅へ帰れると思っていますから、


リハビリの為にリハビリ病院へ転院することに同意して


くれるでしょうか。


 認知症(検査はまだですが、疑いがあります)の父に


その事の理解と、「男二人で3階建で階段がある自宅での


生活は、父にはまた骨折しかねないから、無理だと」と


いう事への理解が出来るでしょうか。


 父をどうやって、「自宅には戻れない」との事を理解して


もらえばよいのかな。о(ж>▽<)y ☆


 とにかく父にとって、一番安全でいごこちの良い環境を


作ってあげたいと思うのです。


介護のみちのりはまだ始まったばかりです。



高濃度酸素マッサージオイル
  「O2KRAFT」とは
一般的に、酸化は酸素によって分子レベルが不安定な状態になることで、


いわゆる腐敗を意味します。


1990 年、ドイツ VIA NOVA Naturprodukte は分子レベルを安定した


状態で、有機栽培ピーナッツオイルに120mgEq/kg以上の酸素を含有さ


せることができる画期的な技術を開発し商品化しまし た。高濃度に酸素


を含有したオイルは、皮膚にすばやく浸透し体内の酵素によってはじめ


て酸素と不飽和脂肪酸に分解されその優れた効果を発揮します。


◎こんな症状のお悩みの方に~


【筋肉痛・肩こり・腰痛などに】

【冷え性・むくみに】

【打撲や捻挫に】

【お肌の乾燥に】

【セルライト除去・ダイエットに】


      (〇〇〇鍼灸接骨院様のHPより引用させて頂きました)


 先日、サロンで肩こりのケアに行ったら、これを勧めれました。


ローズマリーの香りが心地よくて、夢ごこちでした。


全成分はピーナッツ油とローズマリー油です。


 サロンのスタッフの優しいハンドでマッサージしてもらい、


しばし、癒しの時間を楽しめました。


 そして、自宅で自分でもオイルマッサージが出来ると教えられたので、


今日自分でやってみましたよ。


肩こりなので、首すじからフェイスラインまでを優しくマッサージしたら、


自分でもとても気持ちが良かったので、ご紹介しました。  (^∇^)


アマゾンでも購入出来るようですね。












 こんにちは、皆さんお久しぶりです。



私のつたないこのブログですが、ようやく今日再開する事にします。


今日は節分ですね、(^∇^) 皆さんは豆まきはこれからしますか。


家族が揃う夜にするのが普通かな?


我が家は夫が先月末から遠方に長期出張しているので、私一人です。


ですが、スーパーに言って豆まきの豆を買おうと思っています。


イベント は、やっぱり大切ですからね。


私も我が家に 福 が、欲しいですからね。ヾ(@°▽°@)ノ

                           

                

 

 早いもので、ALS病患者でした、実母が死去してから11ヶ月が経ちました。


今年の3月には母の一周忌をとりおこなうつもりです。


おそらく、子供達だけの法事になると思います。実父は残念ながら同席は


できません。


なんと、父は大腿骨骨折で入院中です。 イタイ  イタイ !!!


 母が亡くなってからも父は自転車に乗り、買い物に行っていました。


が、83歳ですよ認知症の疑いもある立派な??お年寄りです。


どういうきっかけで転んだのかは分かりません。しかし、歩道の幅も狭い道で


怪我したのですから。


車道に倒れなかったのが、なにより良かったです。


生きていればこそですものね。





 私は告白すると、仕事のストレスや元来の性格で、約2年前に〇〇病に


なりました。


実は〇〇病が治っていない状態で実母の介護と父の世話と実家の家事を


していました。


正直いうときつかったです



 しかし、兄妹と一緒に母を介護出来たので、100%ではありませんが、



悔いのない介護を



母にしてあげられたと自己満足しています。





 ところで、私はなんと今年の3月で56歳となります。


 これからは、自分の時間を大切にしながら、家族のために頑張りたいです。





私には、夢があるので、その準備の第一歩としてまずは



運転免許を取得しようと思います。


この年齢からの勉強ですから、あ~あ、大変だ!!!


 皆さんが私も応援してくださると、非常にありがたいです。


宜しくお願いします。 




 

 実母の49日法要を先日(4月23日)に、祖父母が眠るお寺で身内だけで静かに終えました。
父が初期の認知症であり83歳と高齢の為に、本来なら親戚をお招きしてするところを簡素にしました。
父は家族以外には 気を使うし、介護する側も大変だからです。
我が家の菩提寺は自宅からすぐです。
私が小学生の頃に遊ばせてもらった裏山があります。私がおすべりをした大きな銀杏の木はまだ現役でした。
私はその木を眺めながら、自分の子供自分の平和な日々を思い出しました。

亡き母の「子供達を呼ぶ優しい声」や、まだ威厳のあった若い頃の父の姿などを、まるで月並みですが走馬灯のように思い出しました。私はとても懐かしくなり、「銀杏の木が私の子供時代からずっと私を見守ってくれるよう」に思えたのは不思議な感じです。
子供達と父との法要は静かだけど、アットホームな感じでした。
住職さんの読経がまるでバックミュージックのように流れて、お線香の香りはアロマの香のようです。
心休まる一時でした。
遺影の母は微笑しています。丁度今の私ぐらいの50代後半の頃の写真です。
それが素敵だったから、それを遺影にしました。
妹夫婦と両親が旅行した際の写真でした。母は妹の隣に立って、二人の写真を撮ってもらいました。
娘の横にいるから母は笑顔だったのでしょう。
あの笑顔をもう一度、私は見たいです。
私は記憶の中の母の顔を思い出して、母はこれで仏様になったのだろうと考えました。

母にはお墓に行けば会えます。
また、私の心の中にも母はいるだろうと思います。

お母さん、安らかに眠って下さいね。
難病の闘病生活は母が一番つらかったでしょうからね。

 私は一人娘がまだ1歳の時に、夫のDVに耐えかねて、実家に戻りました。



その日から、私の呼び名は名前ではなくて、『お母さん』になりました。



私の母はその日から『お母さん』から『おばあちゃん』 になりました。



ひとつの家に『お母さん』が二人いたのでは、子供(私の娘)が混乱



するだろうと皆で考えたからです。





 私は子供の頃は、両親から 『〇〇ちゃん』 と呼ばれていました。



 父の認知症に無関係かもしれませんが、私と元夫はお見合い結婚



でした。半年の遠距離交際で翌年の春に結婚式をに挙げました。




 私達はお互いの親戚の紹介で見合いをしました。



元夫は勤務先がある横浜市内におりました。私は実家にいました。



私はそれまでは東京で働いていました。私は今思えばお恥ずかしい



ですが、見合いの頃はまだ都会の暮らしに憧れが残っていました。



ユータウンして2年目に横浜で働く人とのお見合い話が持ち上がり



ました。それが元夫とのお見合いでした。



私は遠距離交際だし、元夫が交代勤務でなかなか私に会いにこれない為



月に一度のデートしかないのが寂しかったですが、私も会いに行ったりと



そんな付き合いを楽しみにしていました。



その後結婚し、長女を授かりました。




 私は、結婚して初めて元夫の実家が夫(元義父)が妻(元義母)や子供達



に長い間DVをしていた事実を仲人さんから聞きました。



そして、元夫が私や乳児のわが子にする暴力の根深さを知りました。



だから、1歳8ヶ月の娘を背負いながら手荷物ひとつで新幹線に飛び



乗りました。




 そんな、苦い記憶があります。



だから、父から「〇〇ちゃん」と呼ばれるのは、不思議な気がするし、



違和感さえ覚えます。



 父は時々、昔の記憶の中にいるのでしょうか。



娘がまだ幼い頃の記憶がふと出てきて、娘をそう呼んだのでしょうか。




認知症は新しい事をなかなか記憶出来ないそうですね。


しかし、昔の記憶はしっかり残っているとどこかで知りました。




 私は今更、「〇〇ちゃん」と呼ばれるのは気恥ずかしいですが、



父からそう呼んでもらうのは、懐かしくて嬉しくもあります。