今日できなかったこと
明日やろうと思ってた事。
慣れ親しんでる人だから適当に聞いてしまった話。特に身内にね。
昔っからこうだから、聞いてないようである程度はちゃんと聞いてますよと言う振り。
それ、伝わってますか?
実は、生きているものは必ず死にます。
まだまだ自分も若いから身近に感じてはいないけどね。
親しい間柄ではなかなかうまく物事を伝えれなくなってくる事があります。
それは受けても、伝え手も『わかってくれるから』が発生してくるからです。
でも、そもそも自分ではない誰かに100%自分が通じることなんてありません。
日々続く日常に過信し、怠慢し、今の関係性や生活が永遠に続くと思い込んでるだけなのだと思います。
突然の事故で何かが変わることってあります。自分にも他者にも。
事故以外にも、ほんの少しの不調だったものが、実は大きな病気だったりすることもあります。
当事者じゃなくてね、自分がその関係者になる事を考えたことありますか?
自分の力じゃどうしようもなくて、後悔ばかりが残るのが関係者なんです。
もうあの時の事をやり直したくてもやり直すことなんてできません。
そんなことを考えた今日、私の叔父の3回忌でした。
叔父は癌でした。
すい臓癌で、もう今日が危ないかもと言われて行った日
私がみた叔父は、叔父だけが30年くらい時が進んだような姿になっていました。
声をかけても返ってはこず、手を握っても握り返されることはない状態です。
声は届いてるかもしれない、握った感覚は伝わってるかもしれない。
でも、それは『かもしれない』なんです。
私にとってはかもしれないなんです。
本人は意識の中で答えているかもしれないのに、私にはかもしれないしか考える事ができません。それは、本人にも、私にも悲しいやりとりです。
でもそれは、その極限状態だけではなく、日々の生活でもよくあることだと思います。
まだまだ若者の私の周りだからこそ。
伝わってるでしょ。
なんて、自分の思い込みと願望。
伝える努力をして、伝わってるのを真剣に受け止めてそれを返す努力。
できていますか?
私はやってますか?
案外思い込んでるだけかもよ?
と、しっかり意識しなおす事が大事だと思います。
そう言う事を考え直す事が、一年に一度できる日があるのが毎年2月なのでした。
と、言っているそばから実は伝え方間違っかも!と言う後悔の念が生まれています(笑)
ごめんね、明日以降にもっとタイミングを測ってその話してみるよ。
というわけで、自分が伝えられない側にも、伝わらない側にも、どちらにもならないよう日々精進していきます乁( ˙ ω˙乁)w
おしまい
