Miuのブログ

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メキシコに留学していた時は、クラスに色んな国の方がいた。



そして休み時間中に、フランス人の女性が、


「どうしてメキシコ人は挨拶をするとき、一回しかキスをしないの?」


と、先生に熱く畳み掛けて問いただしていた。



そして授業開始後、各国はどのような挨拶をするのか、突如お披露目してみましょうと先生が言い出した。




最初に、おフランスから。


緑色の目をした彼女が、壇上にあがった。



まず抱き合って、左右ほほに4回キス。


これが挨拶ってもんよ、と言わんばかりの顔である。


地方によって違うらしいが、しょっぱなから私はカルチャーショックをうけた。


挨拶長っ。




次にブロンド髪のカナダ人、


男性だったら肩をたたいたり、場合によってはハグをする、


とのことだった。




そして、数国か後、



ジパングの番になった。



北海道出身の真面目な青年が壇上に・・・。



何だか私もドキドキである。



友達がやってきたら、


「やぁ。元気かい」


と手をあげるくらいで触りはしない。


と言った。



一同が


「え、なにもしないの?!」


と驚いた様子だった。




緑色の目をしたフランス人は、


「何て冷たい国なの!」


と、絶望したような声をあげた。




そして、次に我が文化にもっとも近いとされる韓国人。



ここは日本と似たようなものだろうと高をくくっていた。



しかし、壇上にあがった普段言葉少なめのkorean girlは、


つかつかと迷いなく相手に歩み寄り、


肩をたたいたりして、「元気~??」と言ったりした。



同じアジアなのに、何だか日本だけ微妙な雰囲気。



確かに思い返してみると、


男女限らず中国人や韓国人は顔の距離が近いなぁといつも思っていた。



確かテレビで、日本人は他国の人よりも自分のバリアの距離(警戒心を感じる域)が広いと聞いたことがある。



しかし敬う人の場合はお辞儀をするんだよ、


といって深くその札幌育ちの彼が頭を下げたところ、


クラス中が「おぉ・・・」という唸る声を上げた。



何かブッダの敬虔さというか、ニッポンの謙虚さというか、サムライの心を感じたのだろうか。





私はvery日本人なので、日本の文化が一番肌になじむが、


でも、挨拶でほほにキスをするのって、悪くないと思う。



朝起きて、


学校に行く前にお互いに肩に手を置いてホストマザーにチュ♪


ホストファザーにもチュ♪


(たまによだれを付けられるときもある)


同居するコロンビアの女性にもチュ♪


学校について、


先生にもチュ♪


イタリア人にもチュ♪


もちろん現地人にもチュ♪


初めて会う人にもチュ♪


帰ってきて、ホストマザーにただいまのチュ♪


寝る前、トイレに行くときにホストファザーに会えば、おやすみのチュ♪



とりあえず、チュ♪が日常茶飯事だった。



大概はほほをつけずに、ほっぺのあたりで音をたてるだけである。


親しかったら抱擁もする。



あんまり毎日していたので、帰国後、久々に会った友人に感極まって


チュ♪をしそうになったことがある。




しかし、不思議なもので、いざ日本人にしてみなさい、となるとできないのである。




それは、渋谷の交差点で納豆を食べなさい、とか




朝の通勤列車の中で中吊り広告を大きな声で音読しなさい、とか




ジャルダンにさらしと赤ふんどしで出勤しなさい(サングラスは装着可)、とか




そんなことと同じレベルに感じてしまうのだ。




こんな感情があるのって人間だけでしょうか。



不思議なものです。




みう

本当に辛いと感じる時は、自分の予想していなかったことが起きる事であると思う。


メキシコに長期留学した、という経歴に驚く人が多いのだが、

これは資金を時間があれば正直誰でもできると思う。


親からの資金には頼らず、大学からの奨学金で賄った事は褒めて欲しいのだが…。



私の中では、ヨット部の主将をしていたことの方がよっぽど辛くて大変だった。


もともと私は中高と文化系の人間であり、体育会系とは無縁だった。


先輩方からの熱い誘いから(半ば威圧的に説得され)、

ヨット部の試乗会に参加し、

そこで実際に体験してみた。


そして、結果はもうアドレナリン大放出である。


私は、ヨットという競技にとりつかれてしまったのだ。



一年生の段階は、

初めて田舎から上京してきて、初体験の連続。


不安と期待でドキドキした。


父親以外の男性と同じ部屋で寝ること、

(大部屋に部員全員で川の字で寝ていた)


15人前チャーハンや、オムライス、冷やし中華等をほぼ毎日作ること、


毎晩銭湯に皆で行くこと、


花火大会を砂浜で見ること、


お酒を飲むこと、


他大学との交流があること、



ほとんどヨットには乗せてもらえなかったし、

勧誘された時の内容と実情は違っていたけど、

とても楽しかった。



二年生の段階になると、

一人だけ後輩が入ってきた。


幼稚な理由ですぐに泣いてしまう変わった男だった。


そして、先輩方からは、もう分からない・覚えてないとは言わせないぞ、という空気になってきた。


尊敬するカリスマ的な先輩が東京外語の大学院に行ってしまい、

何だか虚無的な感情にもなった。


「何で続けてるんだろう?」


尊敬できない先輩のサポートが嫌で

何度も辞めたくなった。


私はヨットのために大学に入ったんじゃない。


留学のために入ったんだ。



そんなジレンマと戦いつつ、三年生の時はメキシコに旅立つことになった。


気づくと「主将メール」が学連から届いていた。



あれ、いつの間に私、キャプテンになってるやん。


まぁ、何とかなるか。


という感じだった。



帰国後、新入部員の勧誘をしたら8人もヨット未経験の、

つい最近まで高校生の制服を着ていた男の子たちが入ってきた。


渋谷のギャル男系、

脳みそ筋肉派、

秋葉原系、

チャラチャラ系、

真面目系、

ジャニーズ系、

など

色んなタイプがいた。



この時、初めて、マネージメントって大変だと思った。


正直、私のヨットの知識も経験も存分でない。


でも、ヨットでこの子達を死なせる訳にはいかない・・・。


言い訳できない・・・。


合宿初日は不安で全く眠れなかった。



後輩が合宿所から逃走したり、

OBの先輩に灰皿を投げられたりしたが、



一番辛かったのは後輩が指示通りに面倒臭がって動かなかった時だ。


これをしないとこうゆう不都合が起こる、と説明してもやらないのだ。


取り掛かりが遅れると、備品がないやら時間がないやらで余計にパワーが必要になるし

精神的にとても疲れた。


部活は仕事と違って、給料が出るわけではない。


解雇にしたくても、人数が減ると戦力が劣るから辞めろとも言えない。

(ヨットは搬送・艤装など人手が要る)



でも色んな人に支えられて、インカレに出場することが出来た。


どちらかというと30代後半から50代の方が、私の意見を尊重して支持してくれた。


しかも部員全員が初心者にしては大会で大した結果が出た。


頑張って良かったと心から思う。




なぜこんなことを書いたかというと、


自分の部屋を整理していたら、ふと思い出したのだ。



主将になって初めての合宿初日、小栗旬似の新入生が言った。


「せんぱぁ~い。この棚、本っっ当きったないっすよぉ~。手汚くなるんで触りたくないっす。」



3つしか年は違わないのだが、いまどきの若者は・・・と耳を疑ってしまった。



皆さんなら、彼にどんな言葉をかけますか?



Miuのブログ-鯵
大根おろしが家にないことに気づきました。


大根は準備してたのに。しょぼん