私が産まれた時、我々は天文台の宿舎に住んでいた。(今は取り壊され、1棟だけ保存されている)

戦前からの家で、前住人、前前住人と、皆自分好みに改築を重ねていたため、間取りがどこか奇妙な事になっていた。凄いのが庭で、トトロが出てきそうな鬱蒼とした森に、山桜や一本杉まである。春の終わり頃に桜吹雪が舞うのが美しい。野うさぎがぴょんぴょん跳ねていくと思ったら、タヌキが通り過ぎて行ったり、中々フリーダムだ。東京とは思えない。子供には絶好の遊び場である。しかし、同時に虫もフリーダムで、よく家への進入を許してしまった。そしてとうとうスズメバチがリビングに巣を作ってしまう結果となる。まだ私が幼子だった時だ。明らかに危険だと思うのだが、両親は安穏としていてあまり気にしていない様子だった。

さて、何人もの天文台関係者が住み、好きに手を加えてきたであろう宿舎で、なんと、父は庭に露天風呂を作ってしまった。何処かから風呂桶とボイラーや、簀の子を持ってきて、日曜大工で組み立てた。国立天文台内は敷地が全体的に暗い。さぞかしいい気分で星空浴(森林浴のように、星空も楽しんでほしいと、父が考案した言葉だ。覚えてあげて下さい)したのだろう。本人曰く、そういうのが夢だったそうだ。

父は畑にも凝っていた。なにやら子供にはよく分からない植物を植えて、時折農家スタイルで土いじりをしていた。実に楽しかったらしく、宿舎が解体され、新しい家に引っ越しても、小さな小さな土のスペースにせこせこ常に何か植えたりしている。南向きなので、まぁ少しは育つかと思いきや、少しなんてものではない、かなり立派なものが育った。特にみかんが大量になって、通り過ぎる子供達がジャンプしてミカンに飛びつき引率の先生に怒られる声などが時折響く。お風呂は、流石に露天には出来ないが、新しい家の木製の湯船に満足しているようだ。

畑仕事と、お風呂。この2つの息抜きは、引っ越しても出来た事が喜ばしい。