さて。


このブログを「SE気質」と名づけたからには書きたいことも色々あるんですが、

まずは私がSEになったきっかけでも。

やっぱりこの手のネタは、平日夜は家事で忙しくて書く気が起きないから

休日の夜に書くに限りますねw


私は子どもの頃から機械というものが結構好きでした。

何せ、初めてやったビデオゲームはブロックくずし「しか」できない家庭用ゲーム機、

その次はSEGAのSC-3000を兄と父が購入してきたという筋金入りです。

ブロックくずしのマシンは私が幼稚園の頃のことになりますので、かれこれ

30年以上昔のはず。


そして人生初のPCは、PC-88FHでした。

こちらはある日兄に「PC買いに行くから金よこせ」と言われ、お年玉を5万

ぶんどられて共同で買わされた覚えがあります。

これが多分、中学の頃。

プログラミングの真似事は、SC-3000の頃からやってました。

その頃は今みたいにプログラミング言語もろくになくて、やったのはBASICだけど。

ムチャクチャ遅い&重くて、イライラしながらドット絵とかも描いてたなあ。


ただ私は絵を描いたりするのが同時に大好きだったので(子どもの頃から

オタクの片鱗を見せてたわけですね)、高校を卒業するまではクリエイティブな

仕事に就きたい、だけど趣味を仕事にしたくないしなぁ……と半信半疑あっちこっち。

事実、新卒では画材や手芸材料を扱う量販店で漫画用品を担当しましたし。

それでもそこで腰を痛め、販売員が一生続けられる仕事ではないと痛感したのが

方向転換を図るそもそものきっかけだったと思います。


実は私は大学は文系で、学部は法学部。

進学した方向からも判別できるんですが、この時点ではSEを目指そうとは

考えてもみなかったわけで。

理屈っぽい性格ではあったけれど、数学苦手な私がそんな仕事なんか

できっこない、と思い込んでいた節もあったかと思います。


でも大学の頃、初めてWindows3.1に触れてみて、これならあんまり難しくないじゃんって

認識を改めたこともありました。

これなら計算とかプログラミングのややこしい文法を覚えなくても色々やれる!と

感じたのが、意外と大きかったのではないかという気がします。

それまでは理数系の大学を出て、計算得意な人じゃないとその手の職業は

やっていけないという偏見もあったかも知れませんし。


とまあ、とりとめがないのですが……

世の中にグラフィカルなOSというものが出てきて、システムを扱うためのコマンドを

知らなくても何とかやれるという時代になったことが、ひょっとして一番のきっかけ

だったんじゃないか?と思う今日この頃です。

少なくとも、マシン語が理解できなきゃ開発なんてやれない!という思い込みを払拭してくれた

わけですしね。


時代の進歩に自分が助けられた、という感じなのでしょうか。

しかし私が実際にIT業界に入ったのは、就職してから軽く3年後くらい。

この次は、IT業界に転向した頃のことでも振り返ってみようかと思います。


……ああ、横で旦那がゲームやってると集中力が削がれてなかなかまとまらない……w


一昨日、14日に死んだ猫のお葬式を済ませてきました。
幸い評判の高いペット霊園が実家の近所にあり、母とはそちらで
待ち合わせ。
霊園の受付で手続きを済ませてから預けた(保管してもらってた)遺体と
対面する手順だったのですが、その間もお墓参りや葬儀の受け付けに
来る人も多かったように思います。

そして準備が整ってから火葬場へ。
家の愛猫、クーちゃん(オス)は火葬炉の前に設けられた台の上におり、
身体を炉に入れるワゴンの上に家族の手で移しました。
預けた後に遺体を洗浄してもらえたようで、母が見たところでは
以前よりも綺麗に見えるとのこと。
お線香をあげてから式場で用意してもらった花と自分たちで持ってきた花で
周りを埋め、大好きだった海老を供え、最後のお別れ。

私も遺体を目にした時から涙が止まりませんでしたが、私よりも
大泣きしていたのは母。
私が家を出てからはクーちゃんとずっと一緒だったわけですし、
看取ったのも母なのだから、やはり辛かったのだと思います。
お別れを済ませてから遺体を炉に入れて、別室へ。
家族専用の休憩室で1時間くらい待ってから、収骨室に。

猫にしてはかなり身体が大きかったクーちゃんですが、高齢だったのに
骨がかなり頑丈だったらしく、しっぽの先までかなりしっかりとした骨が
残ってました。
葬儀場の方の話では、猫でそこまで骨が残るのはかなり珍しいとのこと。
獣医さんからも頑丈さは折り紙つきだったクーちゃん。
骨は全て手で拾い、用意されていた大き目の骨壷に全て収めてお葬式は
完了。

ちなみにクーちゃんの遺骨は、母と同じお墓に入ることになっています。
母は最初はそのままペット用の霊園に収めようかと考えたらしいのですが、
コストパフォーマンスがあまり良くないことや、クーちゃんの存在を知る
他の身内からも一緒のお墓に入れるからと言われ、引き取ることに
決めたんだそうです。
クーちゃんも一番お世話になっていた家族が母なのだし、それが一番
幸せなんじゃないだろうかと思います。
まあ、母のお墓はもう購入済みで愛媛にあるため、そちらにいる親戚や
私たち兄妹が守っていくことになるのでしょうが。

それまでクーちゃんの遺骨は実家に置いて供養していくことになります。
私もたまに様子を見に行くつもりではありますが、多分母は寂しさに
耐えられずに、遠からず新しい子を迎えるような気が。
もちろんクーちゃんのことは生涯忘れることはないけれど、本当に一人
(父とは離婚済みなので)になってしまった母を癒してくれる存在は
必要だと思ってます。

願わくばクーちゃんが母を見守っていてくれることを……
実家の猫が昨日死にました。
20歳と2ヶ月、人間の歳にすれば96歳くらいという長生きでした。
大往生だったと言えるでしょう。

昔私が拾ってきた頃はまだ離乳もしていない赤ちゃん猫で、
哺乳瓶や猫用ミルクを買って来て、家族みんなで懸命に育てました。
その甲斐あってか一時期は7kg近くあった大きな子でしたが、
死の直前は3kg台までやせ細り、流石に毛並みも悪くなっていて
獣医さんなしではなかなか体調が安定できない状態に。
耳もかなり遠く、半身も麻痺していて、母が毎日介護してあげて
殆ど眠って日々を過ごしていました。

死んだのは昨日の早朝。
彼の様子がおかしいことに気づいた母が抱いてみると、身体は
まだ温かかったけれど、もう息をしていなかったそうです。
それでも、殆ど苦しまずに逝けたようだったので
それは良かったのかなと思います。

昨日は仕事が終わってから、予定を変更して実家へ。
死体はペット葬をやっている会社に翌日引き渡す予定でしたが、
それまでは側に置いておきたいからと、母がありったけの保冷材で
身体が傷まないように冷やしてあげていました。
見慣れた身体はよくいた椅子の上に横たえられていましたが、
もう爪は出たままだし、身体が冷たい上に触ってみると硬くなっていて、
本当に死んだんだなという実感が……

思い出すのは子猫だった頃から、つい最近まで感じられていた
温かい手触り。
20年間もお疲れ様と声をかけた時、やっぱり泣いてしまいました。
これまでで、ここまで長い時間を一緒に生きてきた動物を送り出すのは
初めての私。
いくら寿命によるものだとわかっていても、やっぱり寂しいし、
悲しいです。

彼を荼毘に臥すのは明後日。
たくさん花を買って、いっぱい棺の中に入れてあげようと思います。