今年は「急にお姉さんになったなあ」と感じる1年でした桜

 

春のバザーではボランティア。

プレゼン大会では1位。

バスケの試合では1泊遠征もありました。

 

 

 

そして最近は、友達と地下鉄に乗って遊びに行くように。

「着いたよ」
「今から帰る」
とだけ連絡が来る。
成長を感じるような、ちょっと寂しいようなおねがい

 

春のコンサートも無事終了。

「まだ見に来てほしい」と言うので、今年も行ってきました流れ星

 

 

フルート担当でした。

 

最近は、High schoolの上級生にも憧れがあるようです乙女のトキメキ

先生のアシスタントをしながら、バンドのお手伝いもしているお姉さんたち。

コンサートの度に見ている私も「しっかりしていて素敵だな」と思っていましたが、
娘はしっかり憧れていたようです花

 

 

このコンサートが終わると、
毎年「春とは言うけれど…もう夏休みが来るな」と感じます笑ううさぎ

 

そして韓国の「両親の日」。

今までは、学校で作ったものを持って帰ってきてくれていましたが、
今年は、middle schoolなので学校からはなく、まさかの自分でケーキを買ってきてくれました泣

 

 

両親の日の何日か前に、
「韓国で食べるケーキなら、どこのが好き?」
と聞かれ、私は適当に…
「パリバケットのチョコケーキがシンプルで好きかなハート」なんて答えたのですが、

これは、リサーチだったようですおねがい

 

家の近くで買えるパリバケと言っていて良かったです笑ううさぎ
 

夫と私、それぞれに、
自分で描いたカーネーションの絵と大事にしていた日本のお菓子と一言メッセージカードを乙女のトキメキ

私にはさらに、レジン作品付きでしたゆめみる宝石

 

勉強、クラブ活動、ボランティア。

毎日忙しそうですが、
本人なりに全部ちゃんと楽しんでいるのが、
見ていてありがたいなと思う1年でした拍手

最近、新聞のオンラインで、気になる記事を見つけました。

テーマは「永久帰国」

 


海外で長く暮らした方が、人生の最後を日本で過ごすために帰国する、という話です。

アメリカに60年住んだ方や、30年暮らした方の例が紹介されていて、どの方も「海外での人生はとても充実していた」と話しているのが印象的でした。

 

永久帰国を決めた理由は、
 ・車が運転できなくなったあとの生活
 ・医療費の不安
 ・高齢の親の存在
 

など、とても現実的なもの。

 

特にアメリカの医療費の話は印象的で、
「老後はどこで、どう暮らすか」というのは、やはり避けて通れないテーマなんだなと感じました。

 

私は韓国在住なので、この記事に出てくる方とは少し状況は違って…

 

夫とは日本で知り合い、結婚をきっかけに韓国へ 韓国
韓国語も、移住してから少しずつ勉強しました鉛筆

K-POPやドラマにもともと興味があったわけでもなく(今でもあまり変わらず笑ううさぎ
 

来たばかりのころは、不満ばかりだった気がします汗うさぎ

15年住んだ今でも、ふいに「もやっと」なることはありますが…

 

それでも職場に恵まれていることもあって、今はこの環境に満足しています虹

振り返ってみると、韓国に来てよかったなと思うことのほうが多いです。

 

 

記事の話にもどり…父が亡くなってから、わが家でもよく似た話をします。

 

 クリップ 定年後の日本での住処について

  (マンション or 一戸建て)←戻る年齢を考えると介護付きマンションなんかも視野に入れてみたりサーチ
 

 クリップ 車はいつまで運転するのか

  私はもともと車が好きで、通勤時間も音楽を聴きながらドライブ気分を楽しんでいます。

  現役のうちにあと何回車を買うのか、そして老後はどうするのか…

  同じく車好きだった父が免許返納した時を思い出しながら、ひとつの目安として。

 

どこで暮らすかも大切だけれど、
その場所で、安心して年を重ねられるかどうかクローバー

 

年の離れた父の姿を若い頃から長く見てきたこと、
そしてここ数年は遠隔で介護をしながら、
「自分はこれからどうしていこうか」と、より具体的に考えるようになりました。

 

これからは、健康がベースになってくるのかなと。

ピラティスは続けているものの、食生活はつい手を抜きがちで少し反省あせる
 

あとで困らない程度に、少しずつ整えていけたらと思っ…てはいます汗うさぎ

最近、仕事面でも少し先のことを考える機会が増えてきました鉛筆

 

韓国の大学で働いていると、
日本とは少し違う仕組みだなと感じることがいくつかあります。

 

そのひとつが、学部長の役割乙女のトキメキ
私が働く大学では順番で回ってきて、一回目は2年、その後は1年ずつ担当します。

 

学部長になれば、毎週のように会議があり、
正直なところ、できれば避けたい…という声も多いポジションです汗うさぎ ガーン

 

外国人教員の場合は、言語の問題などで免除されることもありますが…

 

私は日常業務は韓国語で行っているのと、
韓国人の先生と同じ立場・待遇で働いている以上、きちんとするべきだなと思い、
引き受けることにしました。

 

私の学部長の任期は、2029年9月から。

 

その前後で、もう一つ考えないといけないのが研究年のタイミングです。

研究年に行くタイミングについては、学部長の任期が終わってから行く方が多いのですが、

 

先輩の先生が
「待っていたら機会が減ってしまうから」と、
ご自身よりも先に行くようにと気遣ってくださり泣くうさぎ飛び出すハート

 

今回、少し前倒しで計画を立てることになりました。

研究年は、1年間、自分の研究に集中できる大切な期間。

多くの先生方は、行きたい国のどこかの大学に籍を置きながら、
研究や執筆に専念されることが多いようです。

 

とはいえ、実際に行くとなると、
授業をどうするかという問題も出てきます本

 

大学・学部の授業は、
他の先生にお願いするか、その期間は開講しないかになりますが、
今回は後者にしようかなと思っています。

 

一方で大学院の指導は、
学生の進度を見ながら調整が必要になります。

今、指導しているのは、修士課程・2名。


研究年に入るまでに、無理なく学位を取れるように、計画的に進めているところです。

そのため、しばらくは新しく受け入れは控えています。

 

そうした状況もふまえながら、
この1年をどう使うかについても、少しずつ考え始めています。

 

私は、
・大学院で、改めて学ぶか(博士学位はありますが、さらに研究を深めるためのプログラムとして)
・研究機関で研究を深めるか

少しずつ方向を探っているところです虫めがね

 

私のことだけで決められないのが、家族とのバランス。

 

以前であれば、

父のこともあり、実家に帰りやすい場所を優先して考えていたと思いますが、

 

今は状況も変わり、娘のことを中心に考えるようになりました。

 

夫は、娘の志望校の近くで過ごすのがいいのでは、という考えです。

(娘の志望校と私が研究に行きたい場所は離れています)

 

それぞれの思いが少しずつ違う分、
どこで、どんな形で過ごすのがいいのか、まだ答えは出ていません。

 

ただ、せっかくいただける大切な時間なので、
 

家族も大事にしながら、
自分の研究も一歩進められるよう、
無理のない形を探していきたいと思っています。

 

そして、この研究年の過ごし方をどうするかは、
今年の大きな課題のひとつクリップ

秋までには、自分なりの答えを出したいと思います。