らぶどろっぷ【元AV嬢の私小説】 -36ページ目

第314話 感情の波

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時間はあっという間に過ぎてしまった。


タイムリミットがくると

俊ちゃんは元いた閉鎖病棟まで私を送ってくれた。


鉄格子付きの扉が容赦なく二人を引き裂き

厚いガラスを隔てて二人で手のひらを合わせた。


そんなはずはないのに

彼の体温が手のひらに伝わってくる気がした。


どのくらい見詰め合っただろう。


「がんばれよ」と俊ちゃんの唇が動き

私はこくりと頷いた。


次にいつ逢えるのかはわからない。


胸を締めつける不安と寂しさを必死で振り払いながら

何度も後ろをふり返る俊ちゃんに笑顔で手をふった。


逢いにきてくてたことが愛の証。

俊ちゃんの気持ちは確認できた。 大丈夫。 私は頑張れる。 

何度も何度も呪文のように心に言い聞かせた。



俊ちゃんが帰り夕飯がすむと看護婦が私を呼びに現れた。
「八代先生が診察するって」


こんな時間にめずらしいなと思いながら

私は看護婦と二人で診察室に向かった。


診察室に入ると

看護婦は八代に会釈してから部屋を出ていった。


私は座りなれた丸椅子に腰掛けた。


「今日はどうでしたか?」

八代はいつもの通りにこやかに尋ねた。


「彼に逢えて超うれしかったよ! 私ね、本当に彼のことが大好きなんだ!」


それから少し悩んだ末

「本当は脱走しようと思っていたの」と正直に打ち明けた。


「そうですか。 

あなたが病院を抜け出すことも、こちらは想定はしていましたよ。

今までの行動パターンから考えればその可能性は低いものではなかった。

だけど、そうはならなかったようですね。 成長したのかな?」


八代は顔色一つ変えずに言った。


「成長ねぇ… 彼が説得してくれて、それで思い留まっただけだよ。

ねぇ、もしも病院を抜け出してたらどうなっていたの?」


「閉鎖病棟に入院中の患者が、医師の許可なく脱走すれば、今度は措置入院になります。

扱いは今よりも重度の精神疾患にということになって、入院は長期化しますよ」


「そうだったんだ… 危ないとこだったんだね…」


八代は少しの間を置いた。


「まりもさん、あなたの一番の問題は

欲求に『今すぐ』を求めてしまうことではないでしょうか?

欲しいものがある。 やりたいことがある。 その時に、一呼吸おくことが出来ますか?」


「欲しいものは今すぐ欲しいよ! やりたいことはすぐにやりたい! そんなのみんな同じでしょ?」


「子供はそうですよね。 だからデパートやスーパーで我慢できずに泣く子がいる。

子供は『欲求』と『今』が直結しているんです」


「それって子供だからとかじゃなくて、大人だってそうなんじゃないの?」


「大人はもう少し計画的です。 

これが欲しい。 それは本当に必要なものか? どのように手に入れるか?

そこに付随する様々なことをバランスよく立体的に思考して、一番自分のいいように段取りする。

早急に手を出せば、後から困ったことにならないか、そう考えるのが成熟した大人です」


「欲しいものは今すぐ手に入れる! 

後で困ったことになったら、またその時に考えればいいじゃない?

その時その時に一番自分の好きにすればいいと思うよ!」


「そう、それが今までのあなたの生き方でしたね。

それはあなたの感情の発生や情動に関係していると思います。 

つまり衝動的といえばいいかな」


「うん… わかるよ。 でもそれって性格だよね?

私、怒ったり泣いたり笑ったり、すごく情緒不安定だし。 それにかなりヒステリックだよ。

でもそれって意識して変えられるものではないの。 それが私としか言いようがないよ!」


「感情の波があまり激しすぎると生きていきにくいものです。 自分も、そして周りも大変です。

自分の感情に振り回されて、気が付けばいろいろなものを失ってきた、ということはありませんか?」


「う~ん…… だけどさ! 感情のない人生なんて何の意味があるっていうの?

何の情熱も持たずに生きることに魅力は感じないよ。 例え、安定した生活が出来たとしてもね」


「もちろん、情熱的なことは良いことです。

まりもさんの場合は、ほんの少しだけ、感情の波をおだやかに出来れば

いろいろなことがうまくいくようになる気がしますよ」


八代はまた少しの間を置いた。


「SSRIという向精神薬があります。

摂食障害や鬱病など、さまざまな症状に処方されていて

アメリカでは魔法の薬と呼ばれるくらい飲んでる人が多い。

退院したら、その薬を長期的に飲んでみるのはどうでしょうか?」


「えっ… 私は覚醒剤さえやめれば問題ないんじゃないの?

それに、今は躁病の薬が処方されてるじゃん? 

今度は鬱病の薬? どういうことなの?」


「躁病と鬱病は間逆に位置するものと思われていますが実は違うんですよ。

どちらも構成しているものは同じで、症状として躁にも鬱にも成り得るんです」


「本当は鬱なのに躁的防衛をしてるってことね?」


「難しい言葉を知ってますね。 お父さんに聞いたのかな?」


「うん、そう。 ねぇ、やっしー…

感情の発生なんて誰だってコントロールできるものじゃないでしょ? 自然なものだよね?

私はね、ずっとこの自分で生きてきたからこれが普通なの! 

とくに不便とか感じてないのよ。 少なくともそういう自覚はないわ。

だけど、感情の波が平坦になれば、周りの人が楽になるのかもしれないんだね?

私、彼とうまくやっていきたい! その薬を飲めば、本当にうまくいくの?

でも… なんか… 私が私じゃなくなっちゃうのはイヤだな…」


幸せと引き換えに自分自身を捨てるしかないのだろうか。


それは私の望むことなのだろうか。


そもそもその薬を飲んだからといって

本当に幸せになれるという確証があるのかもわからない。


私は葛藤していた。


「とてもゆるやかな効き目ですから

いきなり人格が変わるようなことはありませんよ。

あなたの治療は覚醒剤をやめることが最初の一歩なんです。

慢性的な不安を取り除くためにはもう一歩先に進む必要があるでしょう。

この病院を退院した後は、カウンセリングとSSRIの併用が有効だと私は思います。

お父さんとも相談して今後のことは決めていきましょう」


「うん… そうだね。 そうするよ」

私は八代に素直に同意した。


「やっぱり今日、彼との面会許可を出してよかったな。

まりもさん、自分が変わったことに気がついていますか?

今までは「退院させてくれ」の一点張りでした。自分はどこもおかしくないと思っていましたよね。

でも今は自分の症状に向き合おうという自覚が出てきたようにみえます。

きっとそれは彼のことが大切だからでしょうね」


「あっ! そろそろ退院できそう? ねっ!」

私は思い出したように言った。


「この調子でもう少し様子を見ていきましょう!」

八代はにこにこと笑いながらカルテを閉じた。


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