第326話 ゲーム感覚
同じ頃にラトゥールに入店した純という女の子と仲良しになった。
石巻が地元で
国分町に遊びに来た時にスカウトされたらしい。
純は背が高く色白で
面長の輪郭にキリっとした目が印象的な美人だ。
接客では聞き役に回ることが多く私とはタイプが違う。
純は私よりも一週間早くラトゥールにレギュラーで入り
今はお店の寮に住んでいる。
聞く所によると、純は頻繁に事務所に呼ばれ
会社の上層部から接客の指導を受けているらしい。
店側は従順な純の育成に力を入れているようで
私は『大変だなぁ』と思いながらも少し羨ましく感じていた。
ある日の営業後
純と店の一階にあるラーメン屋で夜食を食べてから帰ることになり
新人の恵美、沙耶、萌華の3人を連れて店に入った。
それぞれが注文を終えると、まず純が口火を切った。
「今日同伴した客ムカつくんだよなぁ~ まじ疲れる…」
「私、純さんがメイクに戻ってる間にヘルプにつきましたよ!
たしかに横柄な態度ってか! 感じ悪い人だったですぅ~」
恵美が純に相槌を打った。
他の女の子達も「わかるわかる。 私も嫌い」とか
「私の客にも似たようなやついて」と客の愚痴を言い始めた。
正直、私にはよくわからない話だった。
客に対してムカつくとか、嫌いといった感情が私の中にはないように思う。
『難しい客だな』とか『やりにくい客だな』という感想を持つことがあっても
それはホステスとして受けるフィーリングであって私個人の感情はとくに波立ってはいない。
ムカつく。 嫌い。 ウザい。
要領を得ない同僚の話に
「具体的には何がムカつくの?」 と私は尋ねた。
「今日の同伴客、初めて同伴したのに露骨に口説いてくるの!
デートの誘いを断るとさ、指名変えしようかなとか嫌味言うんだよ」
純は先に運ばれてきた餃子を皆に回しながらそう言った。
「なるほどねぇ~。 口説かせておけばいいじゃん?
客は多かれ少なかれ口説きたくて来てるわけだし。
そういうのは上手にあしらうしかないよねぇ~」 私は言った。
「相手は約束取り付けようと必死なの。
いつデートできるのか日時を詰めてくるんだよね」
純はイライラと灰皿に煙草を押し付ける。
「面倒だったらその場は約束しちゃえばいいじゃん?
その後、いくらでもキャンセルできるっしょ」
「出来ない約束しちゃうってこと? 客に恨まれるよ~」
「えー、恨まれる覚えはないでしょ~?
こっちはホステスなんだし駆け引きするのが仕事だよ
私なんてどの客にも出来ない約束しまくってるけどねぇ」
私は肩をすくめて水を一口飲んだ。
「そしたら客切れちゃうんじゃないですか?」 沙耶が口を挟んだ。
「だって、どっちにしたってそういう客は切れるでしょ?
出来るだけ引っ張って、限界きたらそこで終了でいいじゃん」
『私はあなたとデートする気はありません』
なんて正直に言えるわけがない。
ストレスを感じながら濁すよりは
すっぱり約束をして相手を喜ばせてしまった方がその場は楽だ。
「それに誘ってダメなら指名変えするなんて脅迫じゃん。 足元見てるよ~!
そんな下衆な男に上等な接客する必要ないでしょ。
しかもキャバクラでそんなこと言う男バカじゃね?
係り持ちのクラブでもあるまいし。 指名料払ってるくらいでさ… アホかと!」
私はそう吐き捨てる。
「たしかに~ それもそうですねぇ~」 女の子達は私の意見に同意する。
「でも逢う約束をして、ドタキャンしたら客はすごい怒るんじゃない?」
純が尋ねた。
「まぁ何回もドタキャンすればそのうち怒るだろうけど、そこは怒られておくよ。
別に聞き流してればいいだけのことだしさ。
でも、そういう会話の流れに持っていかないのが一番だろうね。
純はわりと聞き役に回るじゃん? だから口説かれやすいのかもしれないなぁ~
こっちがベラベラ話しまくってたらあっというまに時間終わるもんよ」
運ばれてきたラーメンに
私はレンゲ2杯分のお酢を入れる。
ラーメンを食べながら私は考えていた。
客の言葉なんて真に受けなければいい。
怒られようが嫌味を言われようが
そんなことに一々腹を立てたり傷ついていたら身が持たない。
客とは同じ土俵に乗らないことだ。
私はたぶんゲーム感覚で仕事をしているのだろう。
指名1本でレベルが1上がる、そんな単純明快なゲーム。
レベル上げの達成感や優越感を感じることに夢中になり
それを思う存分楽しんでいるのだ。
ラーメンを食べ終わり一息つくと
「まりもさん、指名取るコツを教えてください」 と萌華が尋ねてきた。
「コツねぇ~… 楽しむのがコツかも!
てか、なんでだろぉ。 全部わかるよ。 どの客にどうすればいいかってこと」
私はついポロっとそんなことを言ってしまった。
「どうすればいいか全部わかるとか! 言ってみたぃ~!」
新人の女の子達が口を揃えて言った。
「あ、 いや、 そういうんじゃなくて。
無理なものは無理! イケるやつはイケる! ってだけよ。
ホステスってさ、話するのが仕事なわけで、自分も話を楽しめばいいと思うよ!」
「でも客と話して楽しいってありえる? 私はほとんどないんだけど…」
純が憂鬱そうに言った。
他の女の子達も『私も、私も』と純の意見に頷いている。
「まりもちゃんは、客から誘われたらどうやって断ってるの?」
純が不思議そうに尋ねた。
「ん~… だから断らないよ?」
「断らないでどうしてるの?」 純は眉間に皺を寄せる。
「店外で逢おうって客は、同伴かアフターに持ち込むよ。 アフターはほとんどしないけど。
そろそろ引っ張るのキツくなってきたなって頃に一度くらいはアフター付き合うかなぁ~
そういう時もカラオケボックスとかの個室には絶対に行かないし、途中で酔っ払ったふりして帰る。
客がいよいよ勝負かけてきたら、その時は今日はアレの日なの! って言えばあと1回は引っ張れるよ。
まぁ最終的には切れちゃうけど、店外デートに誘う客はいずれ切れるからしかたないね」
「てことは客は使い捨てってかんじだぁ?」
「まさにそうでしょー! 客は吐いて捨てる程いるわけだしね。
それにね、そこで切れちゃう客は切れちゃうけど、案外だらだら続くもんなのよ!
客ってさ、お金使い始めると元取りたいって思うもんだし。
欲望と妄想が絡むと目が曇って現実見えなくなるもんだしね。
期待感持たせておけばけっこう引っ張れるよ~」
「なんかすごいなぁ。 しまいにはブチ切れる客とかいませんか?」
沙耶が尋ねた。
「そりゃー中にはいるよ。
てめぇ、俺を騙したのか? とか怒鳴られることもあるし」
「そしたらどうするんですか?」
「騙してないよ! って言うよ~」
「それで客は納得するんですか?」
「納得すればまだ引っ張るし、切れたらそれはそれ。
今までどうもありがとう、ってとこ」
「まりもさん極悪ホステスですね。 あはは」
恵美が笑った。
「なんでよぉ~~
いっぱいいるホステスの中から選択してるのは客の方だよ!
信じる信じないも金を落とす落とさないも客次第。 自己責任でしょ?」
私はキッパリと言い切る。
「なるほどなぁ。 そういう発想自体がホステスの才能ってかんじですね!」
恵美の言葉に沙耶と萌華が頷く。
「もしかしたらデキるかも! って期待感で金使っておいて
デキなかったらホステスに騙された! とかどんだけ?
あなたの魅力不足です、残念でした! って話じゃんねぇ~」
私はやや調子付いてそう言った。
「でも、それって最初から騙してるわけですよね? Hする気なんてさらさらないわけで」
恵美がグラスに残ったビールを飲み干して言った。
「例えそうだとしてもさぁ、可能性はあるわけじゃん。
客が魅力的ならこっちが惚れることだって十分ありえるよ?
別に騙してるわけじゃないでしょ」
「そうやって居直れるのってやっぱり才能ですよ。 あはは」
恵美は楽しそうに手を叩いて笑った。
「いちいち罪悪感感じていたら仕事できませんよ!
自分のやってることに理由つけて正当化できないとだめだめ。
あたし悪くないもぉん♪ って常に思ってなきゃね」
「まりもちゃんの接客はまりもちゃんじゃなきゃできないね」
純が話をしめて
私達はそれぞれの帰路についた。
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