第277話 綻び
22歳。 夏。
私は
運命の相手と出会い
浅草ロック座の公演が始まって
人生のピークを迎えようとしていた。
仕事もプライベートも
これ以上はないほどの充実感で
私のことを満たしてくれている。
勢いづき
何にでも情熱的で
のりにのった状態だ。
初日こそ
過度の緊張感でクタクタになったものの
近頃ではステージ上でも余裕が生まれてきている。
何百人という観客達の心を
揺り動かし抱きしめ
時には突き落とす。
強力な磁石になって惹きつけて離さない。
ストリップは
私という媒体を使った自己表現で
観客を支配して虜にしてゆく
ある種の魔術のようなものだとさえ感じていた。
このときの私には
想像を絶するようなエネルギーがあり
そのエネルギーを散布するための器になっているかのようだった。
「俺も仙台で頑張ってるよ」
と俊ちゃんはマメに電話をかけてくる。
「今起きた」
「ちょっとコンビニ行ってくる」
「これから仕事」
「そろそろ寝るわ」
些細な報告のために電話をくれる俊ちゃんのことが
たまらなく愛しかった。
「早く逢いたいね」
必ず最後はそう言い合って
切ない溜息と共に通話を終えた。
離れてからも
俊ちゃんを想う気持ちは日増しに強くなり
私の小さな胸ははちきれてしまいそうだった。
愛する人に愛される奇跡。
この幸せが
いつまでもずっと続いていくのだと信じていた。
私はまだ
『永遠』を諦めていない少女だった。
仕事が終わると
浅草のラブホテルに一人で宿泊した。
USENをかけ
スピードを吸い本を読む。
あいかわらず
読書への意欲は衰えていなかった。
仕事中も
楽屋で桜姐さんと一緒に
フルローテーションでスピードを吸っている。
奈津子姐さんの出番になると
二人で隠し持っているガラスパイプを取り出し
急いで出来るだけ多く吸引した。
まるで煙草を吸うかのように
完全に常習するようになってしまった。
食事も睡眠もとらない日々。
体重はあっというまに40キロを切り
顎が尖り膝の骨が目立つようになってきたが
「ダイエット大成功」と私は喜んだ。
スピードを吸えば吸うほど
万能感と多幸感は増していく。
こんなに全てがうまくいくだなんて
私は選ばれた人間に違いない!
神様と繋がっている特別な人間なんだ!
きっと俊ちゃんにはそれがわかったんだ。
だから私を天使だと思ったんだ!
何をしてもうまいくいくのだから
何も考えず自然に身をまかせているだけで良かった。
特別な権利があるという優越感は
鳥肌がたつほど気持ちのいいものだった。
そんな有頂天な日々の中
些細な事件がおこった。
楽屋には
桜姐さんが持ち込んだ小さな液晶画面のテレビがおいてある。
テレビから流れてくる
何気ないタレントの会話が
私に向けられているように感じた。
たまたま
その時に読んでいた本の内容と
タレントの言った台詞が酷似していたのだ。
すぐに
隠された私へのメッセージなのだと思い
テレビの音に集中した。
奈津子姐さんが
出番でステージに降りていくと
私は桜姐さんに興奮した口調で尋ねた。
「桜姐さんも、TVからのメッセージを受信してるんですか?!」
桜姐さんは怪訝な顔で
「あんた、何言ってるの?」と眉をひそめた。
「ほら!
これって私が天使だって言ってるんですよ!」
テレビでは丁度
松田聖子のソックリさんが「天使のウィンク」を歌っているところだった。
桜姐さんの顔色が変わった。
「ちょっとヤダ。 あんた本気で言ってるの?
へぇ…… あんたみたいな子がケボっちゃうんだね……」
桜姐さんは気味が悪いものでも見るかのように
眉間にしわを寄せたまま私の顔を凝視した。
「……なんだ。
桜姐さんは違うんですね……。
わからないならいいです。 忘れてください」
私は小首を傾げて作り笑いをし
自分の化粧前に向き直った。
ガッカリした。
桜姐さんは選ばれた人間ではなかったのだ。
正しいのは私。
その絶対的な自信は
何をもってしても打ち砕くことが出来ないものだった。
神様が
様々な手段を用いて
私に語りかけてきているという事実は
私の思い込みなどで決してなく
合理的かつ客観的事実に基づくものだったから。
一番幸せなのはきっと躁病の人だと思う。
躁状態のとき、人は相対的に自分を見ることが出来ない。
自分の世界だけで完結していて、絶対的な自信と万能感と多幸感に浸っているの。
人がいくら「それは違うよ」と否定をしたところで
本人には「この人にはわからないだけ」としか思えないような脳のシステムが出来上がっているんだよね。
このときの私はまさにその状態。
ありえない程の幸福感に満たされ有頂天で、そして少しずつ何かが綻びてきていた。
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