第272話 双子の魂
その夜は
小さな三角形のテントの中で
一つの寝袋に二人でくるまって眠った。
寝心地が悪くて
とても寝られたもんではなかったけれど
幸せでいっぱいだった。
次の日は
ポニーに乗ったり
ひまわり畑を見てまわった。
楽しい時間は
あっというまに過ぎていく。
仙台駅のホーム。
東京行きの新幹線がもうすぐやってくる。
私はベンチに座り
俯いたまま線路を見つめている。
永遠をたたえるような夏の思い出の記憶が
いつまでも薄れていかないようにと
俊ちゃんと過ごした輝く場面を
何度も鮮明に思い返し胸に刻み込んでいた。
売店にお茶を買いにいっていた俊ちゃんが戻ってきて
私にピタリとくっついて腰を下ろした。
タイムリミットが迫っているというのに
二人は言葉少なにベンチで身を寄せ合い
感傷に浸っているだけだった。
『ほんの少し離れるだけ』
そう言い聞かせてみても
胸を締め付けるさみしさは
これっぽちも減りはしなかった。
毎週日曜日は
俊ちゃんが東京まで逢いに来てくれる。
私は八月の浅草公演が終われば
またすぐに仙台にやってくる予定だ。
ちゃんと約束があるのに
どうしてこんなに離れることがつらいのだろう。
俊ちゃんとの恋愛は
日常的に激情に突き動かされていて
自分でもよくわからないことだらけだった。
新幹線がホームに入ってきた。
「じゃぁね。
いっぱい電話するからね」
涙をこらえて精一杯の笑顔をつくる。
私は新幹線に乗り
俊ちゃんはホームに立ったまま
手をしっかりと繋いで離さなかった。
発車のベルとアナウンスが響き
私は手の力を抜いた。
俊ちゃんは手を離そうとしない。
今にも扉が閉まりそうで
「俊ちゃん?」と焦って呼びかけた。
新幹線は発車した。
私と俊ちゃんを乗せて。
言葉に詰まって目を丸くした。
扉が閉まると同時に
俊ちゃんは新幹線に乗りこんでしまったのだ。
「ちょっと! やだ! 何やってんの」
両手で口をおおった。
「もう乗っちゃったからいいべ」
俊ちゃんは最初に逢ったときのような
なんとも言えない複雑な表情で私のことを抱きしめた。
胸がきゅぅっとなって
俊ちゃんの背中にしがみついた。
「うん。 東京一緒にいこぉ! 行っちゃおう!」
私は満面の笑みで大きく頷き
俊ちゃんの力強い抱擁をうけとめた。
少し先のことさえ考えられない。
私達はひたすら衝動的だった。
ビュッフェに行き
牛タン弁当を二つ買う。
二人分のグリーン席の切符と取り替えてもらい
車窓から流れる景色を夢見心地で眺める。
田んぼがいっぱい。
のどかな田舎の風景。
私は煙草に火をつける。
俊ちゃんは煙草を吸わない。
「ダメだぁ。 俺はもう、まりもと離れらんね」
俊ちゃんは
つくづく参ったというかんじで肩で息をついた。
何か言わなきゃと思ったけれど
うまい言葉が思いつかなかった。
「私も」
一言だけかえした。
やっぱり
私達は同じ気持ちでいる。
似たような気持ちではなくて
合わせ鏡のように全く同じだと感じるから不思議だ。
私と俊ちゃんの心は繋がっていて
ドアは開け放たれている。
互いの感情が行き来して
混ざり合っているみたい。
『双子の魂なんだ』
そう思った。
東京は
仙台よりもうんと暑かった。
長いエスカレーターを下り
人ごみを掻き分けて改札口に向う。
私の横を歩く俊ちゃんは
人の多さに圧倒されているのか
キョロキョロと首を動かしている。
「まりも、歩くの早いわ。 待てって」
「ん? そう?」
言われてみれば
東京の人はみんな早足で歩いている。
私も自然とそうなっていたようだ。
「俊ちゃん、うちに行く前に寄っていきたぃところがあるんだ」
「買い物か?」
「まぁそんなとこ。 ここのとこ体重がすごく増えちゃったの。
浅草公演までに痩せないとマズいからさぁ。
よく効くダイエット薬があるんだ。 六本木寄っていくわね」
あいまいなな説明でごまかして
私はスピードを買いにいくことにした。
北海道や仙台にいたときは
スピードのことなんて考えることはなかったのに
東京に戻った途端
私の気持ちはスピードに向った。
こんなに幸せなのに、どうしてドラッグを?
地方にいて物理的に遮断されていれば断てるのに、すぐ買える環境にあれば我慢できない。
自覚症状はまだないけれど、とっくに依存は始まっていたんでしょうね。
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