昨日は日航ジャンボ機事故から20年の節目にあたり、特集をどの番組でもやっていました。
自分もその関係につく可能性もあるので、決して人事ではなく4時間もテレビにかじりついていたのですが、
遺族や高濱機長の思いを考えると涙が止まりませんでした。
特に最後の最後までダッチロールを繰り返す飛行機と格闘している様子が克明に収められている飛行記録は私に何かを訴えているようにも思いました。
もうすぐ8月15日を迎えます。こちらも終戦60年の節目を迎えます。
テレビでは戦争の悲惨さを訴える番組が目白押しです。
ですが、正直戦争が悲惨であることはもう日本人ならば誰でもわかっているのです。
それよりも私が伝えて欲しいのは、そういった戦争を起こさなくてはならなかった背景。
悲惨な戦争がどうしておきたのかということです。
核ミサイルを都市におとし、民間人を狙って空襲を繰り返すアメリカが国際法に触れているのは明らか。
ソ連が同盟を破棄して侵攻してきたことが重大な国家犯罪であることももはや明白です。
しかし、私たちがそれをどんなに訴えても大国のエゴの中でいかばかりの意味があるでしょうか?
太平洋戦争がどうして起きたのか。
日本が無謀な戦争をしなくてはならなかった理由はどこにあるのか?
当時戦争をしない選択肢はあったのか。
そういったことを特集で組んでくれるような番組があってもいいのではないでしょうか。
戦争の被害に遭われたかたがたに国を恨むなとか、理由もなく戦争反対するなとか言える立場ではありません。
ジャンボ機の事故にしてもそうです。
自分の大切な人を失った悲しみは誰かを恨む。何か運動をする。そうでもしなければおかしくなってしまうでしょう。
そういった人たちにどうこうしろといえるような立場には私はありません。
しかし、だからこそ私たちのような多くの非体験者たちは冷静にそういった事故や戦争の背景を理解していなくてはならないと思うのです。
そして、命が大切なものであることを分かった上で、世の中にはそれ以上に大切なものもあるということを私は主張します。
それは名誉。誇り。愛情。友情・・・さまざまですが、何が何でも命が大事という考え方には私は同意できません。
人が死ぬということはとても大きなことです。だから、その死に何かの意味をもたせなければなりません。
それが生きているものの務めだと私は思うのです。