わたしは中卒です。

というのは予定です。

実はまだギリギリ定時制の高校生です。ホントはあと2~3年はそこの生徒です。

でももう今年度限りで学校を辞めようかと思っています。だから中卒です。

1度高校を中退し、1年間療養し、2年間定時制の高校に通いました。その間取得した単位は13単位。

そしてこれからの2年間で取らなければならない単位は63単位。

怠け続けて逃げ続けて13単位しかとれなかったなら、まだ希望はあるよ。だけど…常に必死で、記憶も曖昧なくらい苦しい思いをして、やっと、やっと13単位。

63単位も取る自信がありません。

そんな私。

社会に出て社員として働く自信がありません。ていうかこの不景気な世の中、22才の新卒(高卒)しかも普通科卒業の病弱な人間を雇う会社…ありますか?

同じ高卒なら18才の商業科etc卒業の健康な子を採用するのが社会じゃない?同じ22才なら大卒の賢い子を採用するのが社会じゃない?

数ヶ月おきに鬱だったり元気すぎたりする私を雇い続けてくれる会社はありますか?

結局マクドナルドにアルバイトとして雇い続けてもらうことになるのなら、果たして体にムチを打ってまで高校を出る意味はあるのか?

友人との時間を過ごすという意味では、高校はかなり素敵な場所だったけど…。友人たちは卒業していくしね。何より妹と同い年だったり妹より年下だったりする子たちは、友人でありながら妹のようで。弟のようで。

精神的に高めあえる存在ではないかなと思ってしまう。一緒に過ごすのは楽しいけど、もともと『先輩』の存在を求めてるものだから。先輩や同い年の割合が超低い空間は、なんだかどんどん自分に自信がなくなる。

そう考えると高校という場に未練はなくなる。その場に行かなきゃ続かない友情なら、途切れるのもどっちみち時間の問題だし。

通信制も考えたけど、高校めぐりはなんだかうんざりする。改めてまた新しい世界に飛び込むのは鬱の要因になるかもしれない。卒業前も卒業後も同じ生活なら、なんだかそこまでしなくてよくないか?と思ってしまう。

私はもともとがり勉だったので(笑)知的好奇心を満たしたいという欲求はあるから、高校を辞めてもたぶん何かしら教養を身につけようとはすると思う。

高校を辞めたらもっとたくさん働いて、自分の医療費は自分で払おうと思う。サックスのレッスン代も自分で払おうと思う。

マクドナルドで接客スキルや新人トレーニングをする力を磨いて、自分の人間力も高めたいと思う。

サックスももっと吹いてもっと活動しようと思う。もっともっと自分を売り込んでいこうと思う。

高校から離れた方が私は前に進める気がするんだ。

普通に考えたら、おかしいかもしれないけど。

1年間のうち半分ほどしか思うように生活できない身体です。普通に考えていたら『私』なりの生き方を見つける前にまじで死んでしまいそうな気がする。

うん。

さっきセレニカRという薬の数を数えたら、あと2日分しかありませんでした。

いまはこんなに元気で、バイトもできてるしライブの話もどんどんきてるのに、病院に行かなきゃいけません。

私はこのセレニカという薬を、健やかなるときも病めるときも(笑)ずっと飲んでいないと、自分自身を見失ってしまう。

セレニカという薬は脳の電圧を下げる薬で、てんかんの治療によく使われます。

この薬の血中濃度が下がると…どうなったか覚えてないけどとにかく私が私じゃなくなります。

薬を飲んでいても、疲れると軽く視覚や聴覚が狂います。電柱が傾いたり階段が増えたり自分の血流が聞こえて周りの音が小さくなったり、はたまた周りの音が大きくなったりします。

こんな脳ミソです。

きっと普通には生きられないんです。私の生き方を私なりに考えなきゃ退行する一方。




あー。でも。

唯一心残りなのは青春を満喫できなかったことかな。高校生活にずっと憧れてたから。

どうして私の脳ミソはこわれてるのかな?いつ狂ったのかな?

『高校生』をまっとうして、思い出をたくさんつくってから狂えば良かったのに。

修学旅行とか憧れるよね。中2のときは…抗鬱剤の副作用とリスカの痕が原因で集団行動ができなかったんかな?担任の先生が私1人についてくれて、先生と一緒に京都を歩いて先生とお風呂に入って先生と寝た。

小学校の修学旅行は楽しかったな!小学生の私に戻りたいや。(笑)

大人になってから病気するのもそれはそれで大変なんだろうけど…10代半ばで狂いはじめると、それこそ『私ってなんで誕生したんだ?』です。

闘いながら生きる道を早くみつけなくちゃ。闘病三昧はもう10代でかんべん。

20代は病気片手間に日々エンジョイ、ぐらいで生きたい。

1年。19才のこの1年でなにか掴みたい。いや、掴む。20代の私を泣かせない選択をする。考える。たくさん考える。

お父さんお母さん。死に方を考えてやっとこさ生きてた18才までの私が、19才を前に、生き方を考えるようになりました。なんだか進歩!(笑)

もう親の前で死にたがりはしません。生きる術を一生懸命模索します。

一生懸命生きます。

グラつくことはあるかもしれない。いまは眠ってる鬱が目を覚ましたら、いまの私は眠ってしまうかも。

でもまた必ずちゃんと戻ってくるからね。

がんばるのだ。私!