憧れの演奏家のように弾きたい
こういう思いは あると思う。
特定の 「憧れ」 がいなくても
「あんなふうに」 弾きたいな というふうに
思うだろう。
でも
「あの人とソックリに」 弾きたいという人は
少ないんじゃないかな。
クラシックというジャンルは
作曲家によっても その時代によっても ある「キマリ」がある。
「~のように演奏されていました」 みたいな。
だから 「学ぶ」のは 音符の読み書き 音楽用語の意味などはもちろん
そういう 「キマリ」も 学んでいくわけで。
学びが深くなるにつれ 面白さも 増すわけで。
奥の深さを知ってしまうと ハマってしまうわけで。
日本のとある教室というか メソッドで 「お手本のCD丸暗記」
「その通りに弾けたら合格」というところがある。
日本全国に たくさんの会員がいるし
それが悪いとは
言わない。
「プロ」の演奏を 「真似る」のも また 技術だからね。
あたしが習っていた教室は 厳しいので有名。
先生に 「どんな曲か弾いてくれ」って頼んだら
烈火のごとく 怒られた。
「あなたは楽して真似たいの?
どんな曲か知りたいならレコード聞き漁りなさい。
演奏会に行きなさい」と。
小さいあたしにも 分かった。
キマリの中の 個性。考える力。
それがない演奏は するなと。
演奏家をたくさん輩出する学校だったから
お手本は たくさんいた。
まるまる真似するんじゃなく
良いところ好きなところを どんどん真似た。
イギリスに留学したとき
「丸暗記メソード」 の学校について 聞かれたことがある。
海外でも興味をもたれた教育法なんだろう
「自分とソックリ同じ演奏をするピアニストは世界にもう一人欲しいか?」
と 聞かれた。
「プロの演奏家と同じ弾き方のコピーのような演奏のCDを買うか?」
とも 聞かれた。
どちらも NOだ。
キマリの中の個性。
これが面白いから 音楽って 素敵なんじゃないかな?
あたしの生徒さんたちは みんな 個性豊か。
どこで演奏させても 恥ずかしくないよ。
みんな 立派な演奏家。
これからも のびのびと頑張れ。