子どもの頃 なりたかったモノは
ピアノの先生。
結構 厳しい音楽教室に所属していて
毎日毎日 練習した。
お金がかかっていることも 子供心に分かっていて
期待も背負った。
だから 将来の夢は?と聞かれるたびに
なんの迷いもなく ピアノの先生、と答えた。
そう答えると 周りも喜ぶのを知っていたから。
あたしの周りには かなり弾ける子ばかりだったから
あたしにとって ピアノは 特技と呼べるほど自信があるわけではなく
「音大に入る」 という目的のためだけに
日々を過ごしてきた。
ところが。
大学受験の段階になって あたしは 自分の中で
何かが違うぞ、とようやく気付いた。
誰のために やってるの?
先生?親?
日本の大学が 悪い訳じゃない。
ただ、音の間違い、を 過度にチェックされることや
「この音大なら こういう弾き方しなくちゃ」 と言われることに
反発した。
母が そんなあたしを見て
「あんたは 日本はむかないわねえ」 と言ってくれなかったら
あたしは きっと壊れてた。
イギリスでは 個々を認めてくれ
自由でのびのびとした授業。
それから 足を引っ張るんじゃなく、
良いところは 素直に賞賛しあうような、そんな校風だった。
おかげで 楽しくて 楽しくて
初めて 「音楽やってて良かった」 っていう実感がわいた。
学生だったけれど バイオリンやチェロの友人と
演奏活動も 経験した。
腱鞘炎がひどくて 大学卒業後は
演奏活動の引退を余儀なくされて帰国。
日本で すぐにホテルに就職、結婚、出産。
娘の幼稚園の関係で お母さんコーラスの伴奏を引き受けてから
また ピアノに戻れたとき
何とも言えない 不思議な気持ちだった。
そう、あたしは 帰国後 音楽から離れて
「せいせいした~~あんな痛い思いも プレッシャーも
感じなくてすむんだから」
って思っていたのは 強がりだったんだ。封印していたけど
心のどこかでは 辞めたことは たぶん大後悔だったんだ。
ピアノを習っている人の親御さんの判断で
「才能ないから」 とか
「他の習い事をやりたいから 時間なくて」 とか
「練習もさっぱりしないから」 と
ピアノを辞めてしまうひとがいる。
子どもは 楽しそうに 毎週通ってくれていた。
確かに 練習はキライでも
音楽は 好きそうだった。
あたしから見たら 才能がないひとなんて いない。
その芽がでるのが 遅いか早いかだけ。
楽しさを 味わってもらって 芽を伸ばすのが
あたしたちの仕事。
いまから、これからだ っていう人達が
親御さんの判断だけで辞めていくのをみると
心が きゅーっとなる。
辞めて後悔するのは 目に見える。
あたしの元ではなくてもいいから
どうか いつか 再開出来ますように・・・