あたしが通っていたのは いわゆる 音楽大学というところ。

イギリスは 飛び級が認められていて

トシもトシ(当時20歳)だったから

専門的なことをじっくりやりたくて

院に進むことにした。1年目は 伴奏コース。

伴奏というと、誰かが歌ったり演奏したりする後ろで

ドミソドミソ とか弾いたりして

「音を少し増やして聞かせる」

・・・・みたいなイメージがあるだろうけれど 実際は違う。


伴奏は 自分以外の演奏者の求めることを、

言われるがママじゃなく 自分も主張しながら

相手と混ざり合っていく、そんな役割。

相手の性格や、感じ方、表現の仕方など

見分け、聞き分け、読み取りながら

自分の音の色を決めていく。

もちろん 相手の呼吸に合わせるのは

大前提だけれど 時には

自分の呼吸に合わせてもらうよう

鼓動を合わせるようなテンポと音色で

さりげなくリードする。


技術面もさることながら 心理的要素も

たくさん必要で

あたしは ラッキーなことに

その年の唯一の日本人だったからか

または 音の作り方を気に入ってくれたのか

何人かのバイオリン、チェロ、フルート、ホルン

そして 歌など いろんな人と

演奏が出来た。


自己主張が強かったあたしだが

この1年で学んだことが とても大きい。


「相手を認めつつ、融合する」



今回 エロの所で あたしは 壊れてしまった。

仲良くさせてもらっている、生徒さんのお母様や

ピアノの仕事を通じて知り合った友人からのアドバイス。

そして ブログに戴いた、たくさんのコメント。


みんな 真剣に考えてくれて 色々アドバイスを戴いて

本当に 本当に救われた。

いろんな意見を聞くことによって 

伴奏コース時代のことを ようやく思い出した。


セクハラにも耐え、莫大な仕事量もこなしてきた。

「NO」 と 言えないワケじゃない。

セクハラは別として

「仕事は求められるなら 出来る限りのことを やってあげたい」と

思ってしまって 

なんの見返りも期待せず、ただただ無理した結果、

体が言うことをきかなくなるまで 気付かなかった。


でも これって「伴奏」じゃ ないよね。

自分に合わせようとしない、勝手な演奏家から

「こう弾いてくれ」と言われるがママに

がむしゃらに 弾いただけ。

完全な 不協和音だったんだ。


エロも そして 今回も邪魔してきていたオーさんとも

伴奏(融合)する必要は ないんだ。

理解できない人と奏でるのは 不可能。


今回の 復帰を決めようかと思った理由は

あたしのために 社長やオーさんと

喧嘩までして 説得してくれた おばちゃんのため。

そして ほんの何人かだけれど

「まりもちゃんを 理解してるから。まってるからね」と

言ってくれたおばちゃん達との、「伴奏」


エロや オーさんとは 不協和音になるだけだから

寄らない、交わらない。

あたし、汚い音は 死ぬほど嫌いなんだ。