確かに、思い返してみるとその通りな気がする。
感情や考えを上手く表出できず、自分の内に抱えたまま過ごす日々。
抱えきれなくなって、耐えられなくなると、放出する。
そして、その場を去ることが多かった。
もちろん、出し方はその時々で異なるけど。
感情がないわけではない。
むしろ、感情の起伏は大きいと自分では思う。
ただ、それを適切に表出できないのだ。
自分の感情のままに表出したら、周りの人が困ったりしんどくなったりすることがある。
だから、都度相手の状態をみて、どの程度なら自分の感情を表出しても問題にならなさそうか考えて、考えて考えて考えて…
…考えてたら、出せなくなるのだ。
相手によってどの程度なら平気なのか、それがわからない。
他人のことがわからない。
でも、他人のことに気を取られていたら、自分のこともわかっていなかった。
なんともニンゲンというのは面倒で手間がかかるものなのだなぁ。
食べたいときに食べ、遊びたいときに遊び、寝たいときに寝る。
私はただそれがしたいだけなのだ。
食べたいときにゴハンを催促し、排泄をしたら掃除を催促し、構って欲しいときには催促をし、飽きたら離れ、寝たいときは寝る。
今日も我が家のネコさんは、気ままに生きている。
ゴハンを食べ、排泄をし、動いて、眠る。
私自身もそうでありたいからだろうか。
縁あって共に暮らすことになったネコさんのそのサイクルが、できるだけ滞りなく送れている様子を近くで感じられ、関われる。
それが心地よい。
