私のことを上戸だというのなら

それはそれで間違いではないのだけど

どちらかというと泣き上戸なわけで

今日もそういうことなのでした

 

温まった体を冷ますように

初秋の夜風が吹くなかで

道端にふたつ並んだアイスのカップと

見上げた窓の豆電球を見て

 

私にも 声をかけてくれたり

ご飯に誘ってくれたり

一緒におでかけしてくれる人がいることに

嬉しい気持ちになったりして

 

親の元にいたことがどれだけ幸せなことだったか、

他人に頭を下げること、お願い事をすることは容易いのに

親に吐いた暴言を謝ることが

すごく難しいことのように思えてきたり

 

日々固まっていく頭を否定したいがために

口だけが達者になっていったり

そこここに転がっている小さな小さな幸せを

素足で踏んで蹴って転がしていることに気付いたり

 

だんだん、イヤになってきた。

 

と言ったところで、変えればいい、

変えられるように努力すればいい、

努力することを楽しめばいい、

むしろ今までそうしてきたのに

 

もう、それも嫌になってきた。

 

迷子センターでわんわん泣く子供のように

早くお母さん迎えに来てと言うように

何もしないで自分に都合のいいように

ただ時間が過ぎるのを待っていたい

それがずっと続いてほしいと思う

まだまだ私も子供みたいだ。