1月29日
母が入院しました。
大動脈解離といって
前兆も何も起こり得ないものでした。
私は前日、用事があって
車で出かけて「いい天気だな~」と感じ
対照的にこの日は天気が悪く、
予定をキャンセルしてのんびりした日でした。
午前中に少し買い物に行き、
母と昼ごはんを食べ、
一緒にリビングでうとうとしていた時でした。
突然、母が叫びだしました。
胸がひきつるように痛いと。
普段から血圧も気にしていたようで(正確な数字は知りません)、
年齢のせいか腰痛もあったようで
そのくせ夜はごはんのあとリビングで寝てしまっていたりして(そこへ私が帰宅することが多かったです。)
身体を気にしてはいましたが、突然何事かと。
収まるものなのか、ダメなやつなのか。
幸い、この時は父も家にいたので
救急車を呼んで私は同乗し
父は車で追従し、病院へ行きました。
救急車に乗るころには初期ほどの痛みはないのか、うめくこともありませんでしたが
顔色がとても悪く、唇の色も青紫になり
支えなくては起きていられないようでした。
担架にのせられ救急車で運ばれている間は
話すのも辛そうで、顔面にびっしょり汗をかき
背中も痛いとのことでした。
同乗している間、なぜ早く病院に着かないのか、
なぜ止まってしまうのか、なぜ救急隊員さんはそんなに落ち着いていられるのか
何に思いをぶつけたらいいのかわからない状態でした。
病院に着いてすぐ、検査等をしてもらいましたが
その間、何の検査をしているのか、
なぜすぐに判らないのか、
結果を待つことしかできないのか
とても憤りを覚えました。
検査結果ではハッキリしたことはわからず
CTを撮ってもらい、判明しましたが
転院が必要とのことで、また救急車を呼んでもらいました。
転院先にも受け入れ体制が必要ですし、
偶然にも、同じ症状の方が居たので、少し時間がかかるかもしれないと。
そんなもの待っていられるか。
病院に救急車常在してればいいのに。
救急車通るときはすぐに避けてよと
叫ぼうがわめこうが当り散らそうが
どうにもならない状態で
なんだかんだ言いながらも、私は母をこのまま失いたくないんだと気づきました。
次の病院ではすぐに手術が必要ですと言われ
受付をすませ(そんなん後でいいやんか!)
手術前に説明をぐだぐだとされ(説明はあとでいいから早く治してよ!)
薬を使うから・術後の対応・他諸々の同意書を書かされ(お父さん遅いわ!)
5分の面会があり(何話せばいいんよ!早く治してよ!)
やっと手術に入りました(19時)
心臓の近くということもあるのか
輸血を使わないからなのか
手術自体は5時間ほどかかると。
手術室に母を見送り
待合室に通されてすぐに
看護師さんが様子を見に・伝えにきてくれました。
その看護師さんもいなくなって
一人の待合室で呆然と
言われるまま書かされた同意書を見ながら
父を待ちました。すぐに来ましたけど。
いくつかの着替えと、チョコレート。
そりゃ、この時間から手術して、1時間で済んだとしても
入院は必要やけど。
5時間、父と二人で待ち、何をすればいいのか。。。
そんな時でも頭は明日からのテストのことで
父に伝えて勉強道具を取りに帰りながら
電車が遅いだの前の人がゆっくり歩いてるだの
文句を付けずにはいられませんでした。
ちょうど家に着いた頃、
何かあったら連絡するから、寝てていいよと
メッセージが入りました。
そんなすぐに落ち着くはずもなく
どうにか頭を切り替えようと
教科書を開いても何もわからず
録画を見てもストーリーがわからず
部屋に一人でいるのがイヤだったので
リビングに布団を持ってきて寝ました。
父が帰ってきたのは2時を回っていました。