世紀の名作『風と共に去りぬ』がヒロインの一人称小説に生まれ変わる!
恋と戦争、仕事と友情、フェミニズム、波瀾万丈‥‥
1861年春。ジョージア州の大農園タラの娘スカーレット・オハラ16歳
好きなものはパーティーとドレス、男子にもてること、幼なじみのアシュレ
嫌いなものは勉強、読書、深く考えること、戦争の話、まわりの女子
『風と共に去りぬ』のオマージュみたいな力作
タカビーさ全開のスカーレットがかっこよくて、上下巻あり、たっぷりの活字にまみれ物語にのめり込めます
オークス屋敷でのパーティー、アシュレとメラニーが婚約すると知り、早くアシュレと二人きりにならなくちゃ、急ぐスカーレットは図書室に入りアシュレを待つ。
アシュレ、あなたのことを愛しているの、本当よ。
アシュレは言う。
愛だけじゃ幸せな結婚はできない。
スカーレットの苛立ちは怒りに変わり激しく罵る。
この臆病者!ろくでなし!最低男!
手が勝手に動いて彼の頬を思いきりひっぱたき、花瓶を暖炉に向かって投げつけると、隅で昼寝していたレット・バトラーが現れ、話を聞かれていたことを知り、殺せるものならこの男を殺したい、怒りが込み上げる激おこスカーレット。いつ読んでもグッとくるシーンですねえ。
予定通りアシュレとメラニーの結婚が決まり、スカーレットは腹いせのようにメラニーの兄チャールズと結婚する。そして時代は南北戦争に突入。
2か月後、夫チャールズは戦死し未亡人となる。男の子を出産し母となったスカーレット。めまぐるしい急展開、このテンポの速さが心地良いです。
激しくなる戦火のなか、スカーレットはメラニーや子供たちとアトランタを脱出し、命からがらタラに着くが農場の荒れ果てた様子に呆然となる。
戦争前の何不自由ない裕福だったころ
スカーレットは父ジェラルドに質問したことがあった。
タラってどういう意味?聞いてもお父さまは教えてくれない。このタラという土地の名前の由来と、お母さまとのなれそめは絶対に話してくれなかった。
父ジェラルドと母エレンの出会いと結婚の経緯が、省略となり残念というか。
あとがきで林真理子さんが書かれていますが『私』で語り出すと他者を描けないということなんですよね、一人称小説だから。
母エレンは優しく思いやりがあり、困っている人を献身的に助け誰からも慕われる立派な淑女と原作では表現されていた記憶。わがままで自己中で傲慢なスカーレットとは真逆の人、母エレンを尊敬しあこがれ、母のようになりたいと本気で願うスカーレットのないものねだりが痛い。
だれもが賞賛する良妻賢母エレンの隠れた姿とは?
病床のエレンが臨終の時、呼んだ人の名は夫ジェラルドでもなくスカーレットたち三姉妹でもなく、幼馴染の初恋の人の名だった!親族に結婚を猛反対され別れさせられ、そのあてつけに格下のジェラルド・オハラの求婚を受け入れたのだが、そのことを知るのは乳母のマミイだけ。
エレンは結婚し子供が生まれても、愛した人はただひとり、初恋の人。
スカーレットは3回結婚しながら、アシュレを忘れられなかった。
母娘の性格は正反対でも似ている、血の繋がり業の深さなのか。
スカーレットの目で見て耳で聞いたことしか表現されないもどかしさ‥
『風と共に去りぬ』を読んだのは中学生ころだったと思う。同居していた叔母(父の妹)が結婚して出て行ったあと、叔母が残していった本のなかに『風と共に去りぬ』がありました。ほかには『嵐が丘』や『淀どの日記』などもあったので読みました。私の父や母は本を全く読まず、雑誌を見ることもない人だったので、叔母の残した本は貴重。叔母がいたら本の内容を語りたかったけど、叔母と話してるのを母に見られたら、目を吊り上げ睨みつけ数日口をきいてくれなさそう、それが面倒くさい。今思うとまあまあな毒親だったし、見つかったら本を捨てられそうで、母の出かけてる隙にこっそり本を持ち出しては読み、こっそり元に戻していたっけ。気づかれていたかもしれないけど。
林真理子さんの書く一人称スカーレットは、スカーレットの気持ちになりきって読むことができ、原作とは違った親しみやすい良さもありすばらしい。ただ、スカーレットの気持ちに深く潜り込むことはできるけど、周りの人達の状況や気持ちを表現するのに制約がかかってしまうのが若干ものたりないというか。
原作と比べるというより、林真理子さんオリジナルのスカーレットとして完成した小説と思いました。
