スピリチュアルって特別

私は生きていることがスピリチュアルであり、
霊的存在の私たちは、
そのものであると思う。
最近というか勉強のため、
エジプトへ行こうと決めた時から
関連する書籍を買いあさっていた。
もうひとつは、
結局のところ、私の行く道へ繋がっているもの。
エジプト行きがこれで2回中止になり、しばらくは臨めないが、その分、勉強が出来るのだと思って少しずつ読んではいるが、
途中で次の本を読み出したり、買い込んだ本の多いこと。
その中にも2か月くらい前に友達が好意で貸してくれた本まで
しかもその本、1頁も読んでいないありさま
いろいろな本を少しずつ少しずつ読んでいる
先日、個人セッションを受けたトレイシー・アッシュ氏の書籍、DVDもあるのだが、
いま一度読み返してみた。
ライフヴィジョンというタイトル書籍に
本当のスピリチュアリティとは、と題したサブタイトルが付けられた部分に目をやると。
トレイシーさんは、英国人であり、私たち日本人の感性とはまた異なると思うし、
スピリチュアリティの定義にもよるが、
スピリチュアリティを真実に
Truth
サイキックな能力を気づき
Awareness
に置き換えることが出来るのではないかと書かれている。
スピリチュアルな人は日常生活から逸脱する傾向にあるからであり、
分離している状態になるので、ヴィジョンや可能性を具現化しにくくなる、
言葉や概念をうまく再定義し、親しみやすいものにすべきではないか
そして、悟りやスピリチュアリティは、それ自体を生き方にしないと嘘になると。
◯◯を生き方にする、という言葉も腑に落ちる
いまだからこそ、そちらの方がすんなり身体に入ってくるのかもしれない。
いまでは、手垢のついた変な言葉になってしまっていると思えてならない。
私の周りでもスピリチュアルという言葉さえ拒否反応を示す方もいらっしゃる。
まあ、当然中身を知らないから拒否反応を起こすのだろうが。
以前、並木先生がスピリチュアルという言葉もそろそろ変わっていかなきゃいけない時代だけれど、いまは他にないと話していたことがあった。
統合ワークショップに参加した時にそれを聴き、私も随分前から違和感を持っていたことを思う。
何も言葉を変えなくても
人の意識に変化が起きればいいのかもしれない


