人を変えてやってくるひとつの事象を完全に手放せないとどんなにAさんをなき者にしようとして扉を締めても次にはBさんがやって来る。そして、私に不快な思いをさせている。直接的ではなくても、私が目にするような世界を自分が作るから。Bさんが私に不快な思いをさせているのではなく、私がその周波数によって創り出し、悶々としているだけなのだ。せめて、走り込まないようにいや、それなりに走り込んでしまっている。反省など要らないが不要なものは手放すだけ。根底にあるものを知ることは、気づきであり、手放しになる。