
その理由は、「遺書」を書きたいと考えたからだ

以前から殺される!かもしれないと、身の危険を感じていた時期だった

私には「護る」ものがあった

彼らに「遺書」を遺したかった。
財産をなんとか、などという話ではない

財産などない

あるのは母としての「想い」だけ

それを書きたかった。
動機はそんなことからだったが、習い始めて感じたのは「気持ちよさ」だった

おしゃべりするのと同じくらい気持ちがいい

形は違っても、「アウトプットする」ことに変わりはない。
林真理子さんのエッセイが好き

あの感性に憧れた

人の手垢のついた言葉よりも、シンプルで「私」の言葉を使う。
背伸びすることはない。
私は私。
誰でもない「私」
