渡英した頃、私はまだ海外に住むということがよくわかってなかったと思う。
勢いだけは生まれ持っていたので、「イギリスでシュガークラフトの勉強がしたい!」と思ったその頃、まさに突進するように頭から突っ込みにいった。行くために必要なものは全部クリアしたし、情熱や希望なんかで溢れかえりすぎていて、私自身もうそれらが服を着ているかのようだった。…はずだ。美しく言うと。
ただ、大好きだった調理製菓専門学校の仕事を辞めてまで行くことにはさすがに悩んだ。
「シュガークラフトの勉強は日本でもできる。」みんなにそう言われたと思う。
でも、そうじゃなくって、とにかく未知の世界に行ってみたかった。
日本で生まれて、愛する祖父母付き木造家屋昭和バリバリ一家(ちゃぶ台だってひっくり返る)で育った私にとっては、海外特にヨーロッパが幼い頃から何故か魅力的で仕方なかった。
もう今しか行ける時なんてない!後なんてなくていい!…と毎日寝ても覚めても思っていた。
英語は正直すっ……っごく苦手。テストでいい点数を取った記憶がない。英語の授業でハローとかいうのもちょっと恥ずかしい。そんなダメダメな私。
でも、目標がシュガークラフトだと思うとやけに頑張れた。当時の私では、到底イギリスのカレッジ(日本の大学にあたる)に行くほどの英語力などなかったので、もう勉強するしかないと必死こいて勉強していた。
当時の仕事前と仕事後。今思うとその時間が懐かしくもあるが、そもそも海外が大好きなくせに何故あそこまで英語を勉強しないまま大人になったのか。過去の自分を呪いながらアイエルツ突破に向けて勉強した。この努力は普通に中高で英語やってきた人なら大丈夫だと思う。…私にツケが回ってきただけであって。
続く。
勢いだけは生まれ持っていたので、「イギリスでシュガークラフトの勉強がしたい!」と思ったその頃、まさに突進するように頭から突っ込みにいった。行くために必要なものは全部クリアしたし、情熱や希望なんかで溢れかえりすぎていて、私自身もうそれらが服を着ているかのようだった。…はずだ。美しく言うと。
ただ、大好きだった調理製菓専門学校の仕事を辞めてまで行くことにはさすがに悩んだ。
「シュガークラフトの勉強は日本でもできる。」みんなにそう言われたと思う。
でも、そうじゃなくって、とにかく未知の世界に行ってみたかった。
日本で生まれて、愛する祖父母付き木造家屋昭和バリバリ一家(ちゃぶ台だってひっくり返る)で育った私にとっては、海外特にヨーロッパが幼い頃から何故か魅力的で仕方なかった。
もう今しか行ける時なんてない!後なんてなくていい!…と毎日寝ても覚めても思っていた。
英語は正直すっ……っごく苦手。テストでいい点数を取った記憶がない。英語の授業でハローとかいうのもちょっと恥ずかしい。そんなダメダメな私。
でも、目標がシュガークラフトだと思うとやけに頑張れた。当時の私では、到底イギリスのカレッジ(日本の大学にあたる)に行くほどの英語力などなかったので、もう勉強するしかないと必死こいて勉強していた。
当時の仕事前と仕事後。今思うとその時間が懐かしくもあるが、そもそも海外が大好きなくせに何故あそこまで英語を勉強しないまま大人になったのか。過去の自分を呪いながらアイエルツ突破に向けて勉強した。この努力は普通に中高で英語やってきた人なら大丈夫だと思う。…私にツケが回ってきただけであって。
続く。