備忘録として、今年1番嬉しかった事を書きます。

夏休みの最後の頃、
いつもよくかけている曲を私がかけると、
よく飽きないね。と息子に笑われました。💦

優里の曲もいいよ。ビリミリオン!」と教えてくれたので、アレクサに曲をかけてもらいました。

曲が終わると、「僕も50億じゃ売れないなー」と笑いながらいった息子。

夜聞き直して涙がでました。


生まれてから辛い事ばかりだったと以前話していた息子。キョロキョロ

生まれて来なかった方が楽だったと言われた事もあります。

1番近い場所で息子の闘病を見ていた私にとって
言葉の意味が分かるからこそ、辛い言葉でした。

前回の手術以後、以前出来ていたことが出来なくなったことが色々あります。

心臓病を抱えてはいましたが、1を言えば10わかってくれるようなタイプの子でした。

サッカーを習わせるとすぐにはまった息子。

ドッカンキックと名前をつけ、できるだけ遠くにとばす技をしたり、右足左足両方使える練習など、パパを頻繁に連れまわし、週末走り回ってサッカーをしていました。

年中の時には人生ゲームにはまりボロボロになるまで遊びました。

ゲームのおかげで漢字やかけ算を覚え、銀行員の役も買ってでて何度も遊びたがりました。

この時期、関西の伯母がちょくちょく遊びにきて、
こんな賢い子見た事ないと褒めてくれました。

難関国立大学の医学部を出た息子と娘、2人の医者を育てた伯母です。キョロキョロ

もちろん言葉通りに受け取ってたわけではありません。ニヤリ
ですが、自分の子供時代とはちょっと違うなーと思いながら育てていました。おねがい

そんな息子だったので、術後周りの子と同じように出来ない事があるという事は辛かったと思います。

最初はリハビリさえ頑張れば元に戻ると思っていた息子。

時間が経つにつれ、治らないことがあるということを痛いほど理解してきました。ダウン

息子が普通級に戻れた事は、奇跡と言われていました。🙏

入院が高校受験と重なったら後がない!との主治医(前の病院)の勧めではじめた中学受験

難関校でなかったとしても、とてもとても無理でしょうと、周りのドクター達や小学校の先生には言われていました。

リハビリ病院の先生に合格の報告をした時は、
本当に凄いね。圧倒的な努力だ!と
泣いて喜んでくれました。🙏

今年2月に転院するまで10年診てくださったとある病院の副院長、主治医のO先生(息子も私と夫も大きな信頼を寄せていました)。

最後の診察の時、息子が書いてきた手紙を渡すと
今読んだ方がいいか帰って読んだ方がいいか確認されました。

息子がどちらでもと言ったので少し読み始めてくれました。

途中で、ごめん、泣きそうだから家に帰ってから読むね。と急いでしまわれました。

昔出来ていた事が出来なくなる経験は、かなり歳をとってからするものだと思っていました。

元気な身体と頭で何十年も人生を謳歌し、沢山の経験を経てきた父でさえ、
足の障害が治らないことはすぐには受け入れられませんでした。💦

リハビリ病院で耳にしたのは、大人より子供の方が障害を受容してリハビリを頑張る事が多いという事。

大人の方が時間がかかるという話。

楽しい経験をこれから沢山していくだろう子供時代にまさか受け入れなくてはいけないなんて、
酷すぎると思っていました。

辛い思いをさせるために、自分は息子を産んでしまったという気持ちを抱えてきました。

ですが、息子のこの言葉で、息子が人生に前向きに向き合っている事がわかり、ようやく息がつけた気がしました。🙏


老人が君にいいました。

残りの寿命を買わせてよ。

50年を50億で買おう。

人生をやり直したいと。



父母の入院。

息子の転院。

今年も色々な事がありました。

転院先の主治医から、手術は大学入学してから考えましょうと言われた時は本当に嬉しかったですおねがい🙏

ですが、私にとって1番嬉しかった事は、
このビリミリオンでした。

これから先も大変な事も沢山あるでしょう。

嫌になる事も沢山あるかもしれません。

でもびっくりマーク


これから先の人生も精一杯頑張っていってほしいです🙏

来年もどうか皆元気で、良い一年になりますように🙏