引っ越し準備が全くはかどっておりません。


なぜなら


今日はアルバム整理の日と決めていたのですが...


こどもたちの写真が懐かしくて、可愛くて


完全に親ばかなんですが...



今から24年前、息子を産んで退院の日の写真です。

ふつうに母と子の写真なんですが、

生きられていることが2人とも奇跡でした。

息子は24年前、4100gという超ビッグな赤ちゃんで産まれてきました。出てきてから、院長先生も看護師さんたちもみんなビックリ。帝王切開ではなく自然分娩で産んだわたしもびっくりでした(・・;)。

でも、全く産声あげず、仮死状態で出てきて、急いで処置されることに

わたしの赤ちゃんは、連れ去られてしまいました。

うわぁ~ん、うわぁ~ん、どこに連れて行くの〜!!

まだ抱っこもしてない!!

でも、その後、息してくれて、赤ちゃんは保育器の中へ。保育器の赤ちゃんはとっても窮屈そうでした。

あぁ、わたしの赤ちゃん、良かった...

あまりにも大きい赤ちゃんだったものだから、今度は、わたしに糖尿病の疑いかけられ、出産翌朝、検査することに

その検査で、ひんやり冷たい飲み物出てきて、

うわ、炭酸とか冷たい飲み物とか苦手なんですケド...

と言ったのですが、

検査だから、がんばって飲んでねと言われて

お腹冷えそうでやだな〜と思いながら飲んだら....

いやな予感的中して、腸がものすご〜くびっくりして

ぐるぐる🌀ぐるぐる🌀きゅ〜って

そこから吐いたり、お腹激痛になったり、冷や汗ダラダラで気絶しそうに

まさかの腸閉塞になってしまいました...

出産直後のへとへとのところに腸閉塞って、

陣痛の何倍も何倍もつらくて痛くて、本当に死ぬかと

あまりの痛さに、何度も発狂して叫びました

わたしは、特別室にて集中治療+面会謝絶となり、
婦長がつきっきり看護して点滴して、約一週間地獄を味わいました。

産みたての赤ちゃんには、点滴で抗生剤を注入しているので、初乳も与えられず、母乳はどんどん出るのに、看護師さんたちに搾乳してもらって全部廃棄するしかありませんでした。

一週間後、ようやく腸が落ち着き、赤ちゃんと対面。
あぁ、愛しの赤ちゃん...

母乳もやっとオッケーになり、初めて力強く吸われて、あぁ、とっても痛いなぁ、生きるのにこの子も必死なんだなと。

そんなこんなあっての退院の日の写真...

生きてるだけで奇跡


あれから、わたしも息子も大きな病気もせず

すくすく育ち 5ヶ月の頃

生きてるだけで有り難い

そして、2年後に妹も産まれ

いつも妹に優しいお兄ちゃん〜今も変わらずです

実家の庭の池で、父が大事にしている錦鯉を釣って喜んでいる娘。そして、いつでも妹を見守るお兄ちゃん

1枚1枚の写真がとっても懐かしく

2人のこどもたちの成長が嬉しいなと...

引っ越し準備は全くはかどってませんが、想い出に浸れる良い日だったのでヨシとします。