振り返ると…


泣く時程、涙を流す為の前触れが用意されてるように感じます。


感動的な映画やドラマ、哀しいニュースやドキュメンタリーを観てる時…


自分は涙するかもしれない…


と、覚悟しているはず。


人が亡くなった時、苦しんでいる時…


スポーツでの勝ち負け…


悲観に暮れるような時…


悔しい思いをした時…


嬉しくて感動的な瞬間でさえ、涙は、既に用意されてるんです。


感情のなかに『涙』が用意されてるんです。


きっと。


少なからず、私自身はそうだったはず…。





でも、年齢(環境)と共に随分泣かなくなってました。


が、今まで全く感じたことのない『涙』が前触れなく、涙腺に準備蓄えられることもなく…


溢れ出てしまったのです。


一つの優しさに溢れた行為がきっかけで…


思いがけなく、いろんなことが感情のなかで交差して、『涙』としての表現法でしか表せなかった…


そんな瞬間が、昨日の私にやってきました。





喜んで『ありがとう』の言葉で済まないモノが、瞬間的に溢れ出ていました。





そんな気持ちにさせてくれたお二人に心から『ありがとう』と…。


たくさんの思いを抱えながら、決して器用ではないけれど、これからも変わらず宜しくです。





ホントにありがとう。