ここは規模的には小さい方でしょうね。低料金で入れるところです。痴呆老人が多いです。今は痴呆と言わず認知症言うのですよね。毎日囲まれると嫌になってきますが、わたしもお金のない一人です。
他になかなかいけません。生活保護です。リハビリ病院は半年くらいしか入れないので強制的に退院になり
、施設にうつされます。
私は最初は老健でした。ここも酷かった。利用者が全員で80人くらいいるのですが、ほとんどが認知症の人たちで1階は認知がひどい人が多くいたみたいです。
2階は利用の80人を10人くらいの介護士がみていました。
年代は80歳以上が多く100歳が3人はいました。
老健とは本来は自宅に帰るまでのリハビリの場所と言われてて期間も組められているのですが、聞いてみると、何年もいる人は何人もいました。
食事お茶は全て冷めたものでした。
強制のデーサービスはなく週に1回かリハビリがありました。でもあまりにも人が多かったので、老健で食事の時隣にいた老婆は品の良い人だった。ちょっと耳が遠いのかなぁと思うくらいだった。毎日新聞を読んでいた。部屋違った。
老健では、一部屋に4人から6人だった。カーテンで仕切られているだけだった。リハビリ病院もそうだが、夜寝言がそのまま聞こえた。
高齢者住宅は個室と聞いていた。
小さい施設を選んだつもりだった。
高齢者住宅と聞いていろいろ調べて、まず外出できる自由とあったので心弾んだがコロナの影響もあり面会は出来なかったので嬉しかった。
訪問リハビリもできると聞いていてリハビリができることに期待した。脳出血で倒れから自宅にも戻ってなかったので帰りたかった。でも高齢者住宅への選択を選ぶことは家を失うことです。
席の隣の老女が認知症だとわかったのはだいぶ後の事でした。
それは面会があった日かでした。認知症とは悲しいものです。
その日は老女はとても機嫌がよく笑顔でした。まだコロナの真っ只中でした。どこでも面会を避けていました。その中でリモート面会というこのができるようになりました。面会する家族は予約が必要で
同じ建物ないからWi-Fiを使いノートパソコンを使い面会でした。7080代の老人にはたぶん理解が難しいかもしれません。
老女は私に訴えるように言うのです。
息子がそこにいるの手を伸ばしても触れないの
そうしたらドアの外でてを降っているの
と切なそうな声で話しsます。
それからなんか認知症がひどくなったのか
○ ○さんが来た時
ティッシュがなくなるのよどろほうよ泥棒とよくいうようになりました。○○さんが1人の人指したのかどうかは忘れました。ある人は私が左腕が使えず釣っていると何度も何度も聞いてくるのでです。やはり認知症らしく、忘れれるらしくしゃべるにが嫌なりました。何回脳出血の後遺症でうごかないのと説明しても
大変ねぇと言ってまた翌日聞いてくるの繰り返しでした。
歩くことは出来ていたのですが、日がたつにとれてよろめきだし何度か夜だと思いますが倒れたらしく歩行機だったのが車椅子になり、次第に食堂にこなくなりました。どれくらいたったころでしょうか。
彼女はよ職員さんに聞いたら
体調は壊し
病院に入院したと聞きました。